氷炎 雷光風の区画 - 最新エントリ |
最新エントリ配信 |
カテゴリ
メイン :
きまぐれ雑記帳(759)
|
最新エントリ
2020/01/07
カテゴリ: きまぐれ雑記帳 :
執筆者: gf-tlvkanri (1:44 am)
|
本作は2次創作。 Fani通2018年度下半期号に載っている、 ソラウミあり版と同時にFani通編集部へ提出したもの。 元々こちらを作成中に、広井王子(敬称略)つながりで、 ソラウミを絡められると思い、両方を作成し提出した。 そしてFani通に載らなかったこちらを公開することにした次第。 いつも通り、全角40字/行で表示すると、 当方の想定する折り返しと改行での表示になる。 全角40字/行で約780行(参考資料記載込)。 では、数行の改行の後に本編スタート。 あらすじ マン島についたゆりとめぐみ。マン島TTコースのチェック走行中に、扉の陽炎のようなものに突っ込んでしまい、見たこともない世界へ。はたして元に戻れるのか。 序 ゾーアイ界へ 根本がマン島にかかる虹、そんな虹がかかった。しかし、ただの虹ではない。その虹の青と赤の外側には白と黒が存在していたのだ。 ゆりとめぐみは明日葉丸でコースチェックの流し走行を終え、一息つこうとしていた。 棚橋もパートナーを見つけ、マン島へ来ているという。2人は共に棚橋のことを考え、今度こそ「コーチと恋人になる!」と密かに息巻いた。 再度明日葉丸を繰り出し、コースを辿りなおす。だが、先程のチェックにはなかった違いが、虹によって生じていた。 「何、あれ!?」 直線でフルスピードを出していた上に、どう対応しても回避は間に合わなかった距離。そんな距離に、その違い、いや異変というべきだろうか。虹の七色の他に白と黒の9色によって構成される扉の陽炎のようなシロモノに突っ込んでしまった。 「何やってんのよ!」 「しょうがないでしょ!気が付いたらどうやっても回避できない状況だったんだから」 2人はヘルメットを外しながら、そんなことを言い合った後。まわりの様子を見た。 「ここ、どこ?」 めぐみが呟く。 「マン島じゃない、ってのだけは確かだと思う」 ゆりがめぐみに対して呟き返した。 目の前は草原が広がり、ずっと向こうには森が見える。 「もしかして、異世界に来てたりして」 「……案外当たりかも」 めぐみの冗談めいた言葉に、ゆりは真剣味のある返事をした。 その様子にめぐみは軽口を叩く気もなくなり、口を閉じた。 「ほら」 ゆりが指を指した先には、村があった。RPGに出て来そうな村の雰囲気そのままである。 「森との真ん中くらい、かな。行ってみるしかないか」 「そうね」 自分達の背後も草原になっていて、前方と違い、果てが見えない有様なのだ。めぐみの言葉にゆりが頷くのは当然というか、そうするしかなかった。 明日葉丸で、村へと着く2人。 「明日葉丸、このままで大丈夫かな?」 「大丈夫かどうか分からないわね。できればこのままにしておきたくないわね」 2人の会話を、村人が聞いていた。 「明日葉丸?あんたら、丸魔神(マルマシン)を持ってる凄い人達なんかね?」 「丸魔神?それって何ですか?」 「?丸魔神のことを知らねぇべか?あんたらどっから来たんだべ?」 2人は苦笑するしかなかった。 村人が丸魔神のことを話そうとした時。突然、凶悪な魔神(マシン)が村に近づいて来たのが見えた。その魔神は上空から攻撃してきており、このままでは村が全滅するのは明らかだ。 「ゾーアイの手下が暴れてるぞ」 そんな声が村の中にある櫓からかかり、村人たちが逃げ始める。 一方、森の側から出てきた少年がいた。剣を掲げて大きく叫ぶ。 「龍神丸〜」 「おーぅっ」 少年が龍神丸に乗り、上空の魔神と戦うが思うように攻撃が当たらない。 ゆりとめぐみがそんな様子を見ていると、どこからか空神丸が現れ龍神丸と合体、龍王丸となって村を襲おうとしていた魔神を撃退した。 「龍王丸、村へ行ってくる」 「気を付けるのだぞ、ワタル」 「ありがとう、龍王丸」 そしてワタルが村に着くと、村人がゆり・めぐみの2人が丸魔神について話しているのが聞こえた。村人は、先程丸魔神について話そうとしていた村人だ。 「おお、お前さん達。無事じゃったか。何よりだべ。さて……丸魔神というのはな、このゾーアイ界に存在する魔神の中でも特に強い力を持つ魔神だべ。魔神は、この村を襲おうとしたり、守ってくれたりしたものだべさ」 「なるほど。でもあたし達の明日葉丸は魔神じゃないわね。ただの乗り物。名前が明日葉丸っていうだけ」 「明日葉丸、意外とそんなことないかもしれないよ」 村の入り口にあった明日葉丸に何かを感じていたワタルがそう言った。 「誰?」 明日葉丸のことに対して口を挟んできたのは誰かとめぐみが思わず尋ねた。 「あ、ぼくはワタル。創界山から来たんだ」 「創界山のワタル……ほう。おめえさん、ドアクダーやドワルダーを倒した英雄のワタルだべか?」 村人の言葉にワタルは照れて頭をぽりぽり掻きながら頷いた。 「ところで、ゾーアイ界って?」 「ゾーアイが支配するこの世界のことだべ。虹の7色、そして白と黒。9色の色が形作る世界だべ」 「ってことはゾーアイを倒せば戻れるってこと?」 「ゾーアイは結構前からものすごくおかしくなったんだべ。ゾーアイを倒したらこの世界自体が消えるべ。だから、ゾーアイを元に戻す必要があるんだべ」 ゆりとめぐみがした質問の回答を聞いたワタルは自分のすべきことを自覚した。ゾーアイを元に戻すのが今回の旅の目的だと。 「で、ゾーアイを戻すにはどうすれば?」 「ずっと伝わってきた話では。白き貝、バラ色の貝、黒き貝の3つをゾーアイに見せれば、元に戻るって話だべ」 「バラ色の貝?この世界って、白と虹の7色と黒の9色が形作ってるんでしょ?」 「その通りだべ。バラ色の貝を7色の貝に分けたんだべ。ゾーアイ自身が、何かあった時の為にそうしたというのが伝承で言われてるべ。んで、陸と海の中にそれぞれの色の貝を祀る場所があるべ。まずはそれを全部回るべさ」 ワタルはこれまでの経験から村人の言葉をすんなり受け入れた。一方、ゆりとめぐみは全く腑に落ちていない様子を見せていた。 ゆりとめぐみの様子が疲れから来るものだと考えた村人が提案する。 「今日は疲れたべさ。村で休んでから行くといいべ」 3人はそうさせてもらうという意志表示をした。 「っと。おめさん達、これからどこへ向かうつもりだべ?」 「どこへ向かえばいいんだろ?ボクも他の2人もこの世界に来たばっかりだし」 ワタルが村人の質問に答える。 「そっか。なら、まずは森を抜けて、海を目指すといいべ。ゾーアイは深海の宮殿にいるって伝承で言われてるべ」 「海の中か……」 ワタルは呟いて少し考え込んだ。 「ワタル、どうしたの?」 「深海の宮殿へ行けるように方法を探すか考えなきゃ」 「当然、私達の明日葉丸も無理ね。そんなこと」 「で、ボクの勘でしかないんだけど。明日葉丸に何か力があるかもしれない。そんな気がしたんだ、明日葉丸を見た時。海の中で自在に動けるような力なのかは分からないけど」 「ゆり、ワタルに協力しよう。マン島に戻らなきゃ、レースに参加もできない」 「ワタル。私達も協力する」 めぐみに同意したゆりはワタルに協力することを伝えた。 破 3つの貝 ゆりとめぐみ、ワタルは翌朝まで休んで村を出発した。 まずは森を抜けるのが最初の目標だ。途中、ゾーアイの手下の攻撃が何度かあったが龍神丸の力で全て撃退。3人とも問題なく森を抜けた。すると再び草原に出た。 今度は前方に村もないが、ずっと先は崖になっているようだ。 「ずっと先って、崖?」 「それっぽい。どうする?」 「龍神丸で崖下へ降りられるか、確認してくる」 ワタルが龍神丸で崖下を確認した。 「ワタル、龍王丸なら行ける」 「分かった。戻ってから龍王丸になって、明日葉丸と2人を崖下へ運ぼう」 龍神丸の言葉を受けて、ワタルが決断する。戻ったワタルは2人に話を済ませ、龍王丸で崖下へ明日葉丸と2人を運んだ。 降りてきてからは、微妙にだが潮の匂いがしているような気がする。 「海に近づいたのかな?」 「だとしても、まだ先なんじゃないの?」 ゆりとめぐみはこれまでの移動の長さから、海まではまだまだ距離があると考えていた。 「行くしかない、か」 「そういうこと」 めぐみの呟きに、ゆりが同意を返した。 さらに海を目指して進んでいくと、新たな村を発見。その村へ立ち寄ろうと近づいていく。 途中で、ゆりとめぐみは見たことのある人影を見つけた。 「ジロー!」 「お前達は、確か棚橋の教え子」 ジローはゆりとめぐみを確認した。 「どうして?」 「さあな。俺の宿敵のハカイダーがマン島で動ているという話でな。で、俺もハカイダーを倒そうと動いてていたら、この状況だ。ハカイダーを倒した後にレースへ出なければならないというのにな」 「ジロー、私達と一緒に」 「いや、俺は俺で動く。元の世界に戻る必要がある、という点では同じだ。いずれ交わることもあるだろう。それまで別々にこの世界のことを知って、情報交換しあう方が有意義だ。それに2手に分かれて棚橋を探す方がより見つけやすいはず」 「確かにそうかも」 「ジローはコーチとレースに出るの?」 「そうだ。棚橋とレースに出ることにした。本当はそんなつもりなかったんだが、お前達との2度のレースは面白かった。それにマン島でハカイダーを追うにはレースの参加者となるのが一番動きやすかったからな。もっとも、棚橋にはまだ言っていないが」 「3度目の正直で、次は私達が勝つ!」 「そういうことなら、コーチはジローと一緒なんじゃ?」 「攫われて、行方不明だ」 「コーチが!?」 「ジロー、なんでそんなに冷静でいられるの!?」 「攫って行く時に、棚橋が必要だということを言っていた。少なくとも死んでいるとは考えづらい。それなら、棚橋を追えばいい。この世界についたばかりで、状況把握ができるまでのわずかな間だったとは言え、俺の失態だ」 「ごめん、ジロー」 「私も。ごめん、ジロー」 「お前たちにしてみれば当然の反応だろう」 ゆりとめぐみ、ジローの会話の区切りがつこうかという時、ゾーアイの手下の魔神が現れた。ゆりやめぐみ達を何度か襲ってきた魔神に比べると、より強そうな魔神だ。 「ボクが相手をする。その間に早く村へ!」 「ジロー。ワタルに任せておけば大丈夫だから村へ行こう!」 ワタルが龍神丸で魔神の相手をしようとする様子を見て、ジローは頷いた。 「行こう!」 ゆりがそう言って、走り出す。めぐみとジローも続けて走りだし、村へと着いた。 村では魔神が現れたことで騒ぎになっていたが、ワタルと龍神丸によって撃退されたのを見て、落ち着きを取り戻した。 「いんや、まさか魔神に襲われそうになるなんてなあ、驚いたべさ」 「あの、私達9色の貝を探しているんです。ゾーアイを元に戻すために」 ゆりが村人にそう言うと、村人が言う。 「わかったべ。この村で白き貝を祀っているから案内するべ」 「じゃ、行こう」 「ワタル!」 ワタルが追い付いてきたのを見て、ゆりとめぐみは安堵した。 4人の様子を見て、村人が白き貝を祀っている場所へ歩き始めた。 祀っている場所へ着いたゆりとめぐみ、ワタル、ジローの4人。白き貝は自らワタルを選んだかのようにワタルの目の前で宙に浮いた。 「ボクがこの貝を持て、ってことかな」 ワタルが貝を掴んだ瞬間、ベルトのバックル部分が白き貝になった。 「これで白き貝は然るべき者が手にしたことになるべ」 「ようし、まずは1個目!」 ワタルはひとまず、白き貝を手に入れたことを喜んだ。 「それぞれの貝を祀る領域が海層と言われてるべさ。この階層は地上だけんど、第地階層とか第0海層とか言われることもなくはないべ。残り8色の貝は全て海の中で、海の中で一番浅い第1海層に赤き貝があると言われてるべ。で、深くなるごとに海層が進んで青くなり、最後は黒き貝になるべ。ただ、黒き貝はゾーアイ自身が持ってるとも言われてるべさ」 ゆりとめぐみはこの先どうすればいいかと内心不安を覚えていたが… 「あ〜そうそう。さっきの白き貝はゾーアイの宮殿へ向かう為の船みたいなもんだべ。海に白き貝が宿ったモンを入れれば、乗れるようになるはずだべ。ただ、動力は人力という話だべ」 「ありがとう」 ワタルが村人に礼を言う。 「俺は別行動する」 ジローは村を出て行った。海の中での活動の為の対応が必要なのだ。 そこで、先程ワタルが撃退した魔神の残骸から海中活動用に使えそうなものを確認する。その使えそうなもので、海中活動用の強化パーツを作成し始めた。ちなみに、完成したのはワタル、ゆりとめぐみの3人が第1海層最初の村に着いた頃だった。 「ボク達も行こう!」 ワタルがベルトを海に入れると、バックルの白き貝の力で巨大な2枚貝が出現した。 「これ、乗れるの!?」 「大きさは確かに乗れる大きさだけど……」 「今までの経験からすると大丈夫。多分この貝に乗ってれば、呼吸とか水圧とかの心配はいらない。後は海の中を進む為に何かオールみたいなものがあるといいんじゃないかな」 オールのようなものとワタルは言うが、オールに使えそうな材料は先ほどの村にはなかった。 「めぐみ、何かないの?」 「そんなのあるわけ」 そう言いながら、めぐみがポケットを念の為にゴソゴソしてみると、種が出てきた。 「種?あ、この前練習してる時に、見つけた明日葉の種か」 拾ってポケットに入れておいた制服のスカートだったようだ。 「一応、これがあるみたい。ゆりは?」 ゆりも同様に制服のスカートのポケットから明日葉の種が出てきた。 「明日葉の種が2つ、か……」 「とりあえず、海の水だけど明日葉の種に水をかけてみよう」 ワタルが2人の出した明日葉の種に海の水をかけると、明日葉が成長し、うまい具合にオール代わりになった。 「よぅし、まずは第1海層の赤き貝を目指して出ぱーつっ!」 ワタルが宣言する。そして明日葉丸も2枚貝に乗せ、3人の深海宮殿を目指す旅が始まった。 第5海層の貝までは、途中に色々ありながらも無事に手に入れることができた。ただ、第6海層へ向かうのが問題だった。それは明日葉のオールがついに限界を迎えてしまった為だ。流石に植物の寿命なので、どうしようもなかった。 「明日葉のオールが……」 ゆりが呟く。 「オールは貝の中に残しておこう。オールではなくて、別の形で使えるかもしれない」 ワタルの言葉は、自分の勘に基づいてのものだが、それは正しかったと証明されるのは少し後のことだ。 ワタル、ゆりとめぐみの前に黒い何かが立ち塞がる。ジローのもう1つの姿のキカイダーを連想させなくもないが、胸に稲妻の紋様と頭部のクリアケース内の脳が印象的な姿だ。 「お前たちは、キカイダーと共にいた連中!」 「誰だ!?」 黒き者の声にワタルが反応する。 「俺はハカイダー。キカイダーを倒す者。キカイダーはどこだ?」 「キカイダー?何のことよ!」 めぐみがハカイダーに言い返す。 「お前達がジローと呼ぶ者こそ、俺の宿敵。すなわちキカイダーだ」 「ジローが?」 ゆりが本当なのかということを口にする。めぐみも同じ思いだった。 「キカイダーと組んでいた男はここにはいないのだな」 「なんであんたがコーチのことを!?」 めぐみが驚きの声を上げる。 「ハワイでのレース遊びを見ていたからだ。観衆の数の鬱陶しささえなければ、あの場でキカイダーを殺せていたものを」 「私達のレースは遊びじゃない!」 2人のレースに対する誇りが既に手にした貝の力を呼び、それは寿命を迎えた明日葉を新生させた。 明日葉のオールとして使えるのはもちろんだが、それだけではなかった。 「このぉ!」 めぐみが怒りと誇りを混ぜ合わせた感情で、明日葉を振り回すと、人間を軽く包めるような巨大な泡が発生した。 「ゆり、あいつに泡をぶつけて!」 めぐみの指示を受け入れ、ゆりが明日葉を大きく振り回すと泡を動かすのには充分以上の風が吹いた。 「こんな泡で何ができる!」 ハカイダーが泡を侮っていると、ゆりが明日葉を大きく振るのを繰り返し、泡を誘導する。 誘導された泡を破壊しようとするハカイダーだが、それは出来なかった。貝の力なのだろう、泡はハカイダーの攻撃力を上回る弾性と防御力を備えていた為だ。そして、誘導された泡がハカイダーを包み込む。第5海層から地上へ向かうように、ゆりが明日葉を最大限の勢いで振って見せる。ハカイダーを包んだ泡は、地上へ向かって上がっていくのであった。 入れ替わりに、ジローが姿を見せる。 「ジロー、さっきハカイダーって奴が来た。『ジローがキカイダーだ』って言ってたけどどういうこと?」 ワタルがジローに尋ねる。 「ハカイダーの言ったことは正しい」 「なるほど。じゃ、ジローはこれからボク達と一緒に行けるな。ジローのことが分かったんだから、一緒にいても問題ないだろ?」 「どうだかな。お前達が正攻法で海層を進んできたのなら、俺は裏の手とも言えそうな手を使って進んできた。それに裏の側からだからこそ、棚橋の情報も掴めたところもある。お前達はどうだ?」 ゆりとめぐみに対し、棚橋の件を振るジロー。 「私達が寄った村ではコーチのことは分からなかった」 ゆりが返答する。 「そうか。俺が得た情報によると、棚橋は生きている。そしてバラ色の貝を成すのに必要な存在ということだ」 「じゃ、コーチは今どこに!?」 めぐみがキツめにジローへ問う。 「第5海層という話なんだが、お前達は会っていないのか?」 「うん。会ってない。ただ、さっきのハカイダーの口ぶりからすると、ハカイダーはその人に会っていると思う」 ワタルがジローに答える。 「泡で地上送りにしちゃったのは失敗?」 「だったのかな……」 ゆりとめぐみの2人はそれぞれ呟いてうなだれる。 「ハカイダーなら短時間で戻ってくるだろう。次のハカイダーの攻撃が来る前に第6海層へ行った方がいい。それに今までの第5階層内に棚橋がいなかったのなら、第6海層との境にいるはずだ。俺はまだ別行動で、バラ色の貝や棚橋の存在が必要なことについて調べてみる」 ジローの言葉を受け、ワタル、ゆりとめぐみの3人は第6海層への境へ向かった。 「ここを超えれば第6海層か。でもその前に、やらなくちゃならないことをやろう」 ワタルがゆりとめぐみに元気づける意味も含めてそう言った。 「だね。ここにコーチがいるはずなんだから探さなきゃ!」 「コーチを見つけるのは私!」 めぐみとゆりの様子がいつも通りに近い感じになった。沈むというよりは、普段よりも浮かれているというか気合いが入っているというか、そういう感じでのいつも通りに近いものだ。 3人が棚橋を探し回ると、ゆりでもめぐみでもなく、ワタルが棚橋を見つけて2人を呼んだ。 「お前ら!」 「コーチ!」 ゆりとめぐみが棚橋に抱き着く。しかしこんな時でもより棚橋を独り占めできるような奪い合いは続く。その様子にワタルは少々呆れてしまった。 「全く、お前らは。何かこの世界に来たと思ったら、攫われて、それで戻ろうと思って動き回っていたら、この場で足止めされてな。それ以来、ずっとこの場所ってわけだ」 棚橋の言葉に安堵したゆりとめぐみ。が、それも束の間のことだった。 「お前達、気をつけろ!」 ジローが姿を見せる。 「おお、ジロー!」 ジローは警告を発したが、棚橋は脳天気だ。ワタルは注意を払い始めるが…… 何者かが棚橋にサングラスともゴーグルとも取れるようなものを身に付けさせた。それはあっという間の出来事で、ジローでさえ反応できないことだった。 「この男は俺の手駒になった。ようやくキカイダーを倒せるチャンスが来たのだ。逃すわけがなかろう」 その言葉の主に、ジローが闘志を漲らせる。そう、ハカイダーだ。 身に付けさせられたものの影響だろう、棚橋が邪悪の化身のようになっていく。 さらに、どこからともなく魔神が現れる。魔神の操縦者として棚橋が魔神に消えた。 棚橋の魔神が暴れ始める。この状況に対応できるのはワタルとジローだ。 龍神丸を呼び出し、ワタルが魔神を押さえる。ジローもキカイダーとしてハカイダーと戦うが、魔神の操縦席には近づけない。 「くそっ。ハカイダーのヤツが身に付けさせたシロモノを外すなり、破壊すれば元に戻るはずだが」 ジローの言葉は、ゆりとめぐみの闘志に火をつける。 「コーチを助けるのは私!」 ゆりとめぐみ、2人の想いは最大限に達して互いに右拳を放つ。「自分とコーチが結ばれたい」と互いに思った故である。放たれた拳はカウンターとなり、頬に当たろうとした瞬間。2人の感情をゾーアイ界が力に変え、明日葉丸に奇蹟を起こす。そう、明日葉丸が本当に丸魔神になったのだ。 「めぐみ!」「ゆり!」 1人で操縦するタイプの魔神の龍神丸に対し、明日葉丸は2人で操縦するタイプだ。 2人はコーチを争うという点ではライバルだが、幼馴染でもある。反目していたとしてもそれなりには力を発揮できるだろう。 明日葉丸に吸い込まれ、2人は操縦席に座る。 「ワタル!」 「私達も戦う!」 棚橋との3人の時間と期間は、ゆりとめぐみを棚橋の動きへ対応させる。しかし、時間が経つにつれ、明日葉丸は劣勢へと傾いていく。龍神丸は相手の魔神の力なのか、それとも別の問題なのか。どこか力が出せていないように見える。 「ワタル、原因はわからないが力がうまく出せない感じがずっとする。少なくとも今回の闘いでは明日葉丸とジローのサポートをするのが良さそうだ」 龍神丸からそう告げられたワタルは、それを受け入れた。 「よし、龍神丸。明日葉丸とジローのサポートで戦おう!」 「わかった。いくぞ、ワタル!」 棚橋の操縦する魔神が優勢な状況だが、明日葉丸も負けてはいない。キカイダーはというと、敵魔神近くに常に居続けるハカイダーを引きはがすため、闘っている。 明日葉丸もキカイダーも、龍神丸の援護を受けながらチャンスを狙い続け、そのタイミングは来た。 「シャイニングロード!」 明日葉丸から光線が放たれ、敵魔神への一直線の道が形成される。 「ウイニングストレート!」 魔神状態からレーシングニーラー状態になった明日葉丸が最高速度で走り…… 「いけぇ!」 「ヴィクトリーチェッカー!」 再び魔神状態になって、スピードに乗った連続パンチがチェッカーフラッグの模様のように当たり続け、最後の一撃のストレートで思い切り敵魔神を吹っ飛ばす。 「ワタル!」 ゆりとめぐみのバトンタッチを受け、ワタルが止めを刺す。 それでも敵の魔神は爆発に至ることはない。また、キカイダーもハカイダーに撤退が必要なダメージを与えて引き下がる選択をさせることに成功した。 「コーチーーーーーーーーーーーー!」 ゆりとめぐみの叫び声は2つの海層の間を流れる泡に消えゆく。 「キカイダー! お前を倒すのは次の機会だ!」 ハカイダーは棚橋の操る魔神に飛び移り、共に撤退して行く。 「ハカイダー……」 ジローは敵魔神とハカイダーの様子を見ながら、これからのことについて少しだけ物思いにふけった。 「ジロー!」 ゆりとめぐみが同時にジローへ声をかける。 「棚橋を助けるのだろう?ハカイダーも絡んでいる以上俺も共に闘かおう」 「ありがとう」 再びゆりとめぐみが同時で、ジローに礼を言った。 「よろしく」 「ああ」 ワタルは過去の旅の経験からなのか、すんなりと受け入れた上でのあっさりとした挨拶、ジローはジローで、一言だけの返事だった。 「ジローの力もあれば、コーチを助けられる!」 「まさか、ジローがこんなに強かったなんて。なるほど……このジローの相棒のサイドカー付バイクに対して私達が勝てないのは当然か。ハワイでの『ジローの相棒に勝てない、勝てたら天地がひっくり返る』っていうコーチの言葉が本当に納得できた」 ジローの共闘の申し出を喜んだゆりに対し、ジローの強さを見ためぐみは驚きを見せている。2人ともジローが人造人間だということは全く気にしておらず、むしろコーチである棚橋のことを気にしていた。そして、ジローは掴んできた情報をワタル、ゆりとめぐみに話した。 「コーチ……」 レースでのバトルならともかく、このような形で戦うことになるとは思ってもいなかったゆりとめぐみ。辛いことは辛いが、そこはこの2人。「自分がコーチを助けて、恋人になる」という出し抜きあいが静かに始まっていたのだった。 ゆりとめぐみ、ワタル、ジローの4人で第6海層、第7海層は突破できた。だが、ゆりとめぐみは重々しい気分とまでは言えないが、沈んだ気分を抱えていた。理由は単純で、棚橋と何度か戦闘を交えたからだ。いずれも「棚橋を撃退」という結果だったが、一つ間違えば棚橋の命が失われる結果にもなり得る。それを棚橋との戦闘の度に痛感させられた。 それでも先へ進まなければ元の世界に戻ることができないのも分かっており、第8海層にようやく辿り着いた次第だ。 「最後の第8海層だ。黒き貝を手に入れて、7色の貝をバラ色の貝にして、そしてゾーアイに3つの貝を見せて元に戻す!」 ワタルが最後の海層に対する意気込みを見せ、ワタル達は海層内を動き回りはじめる。流石に第8海層だけあり、ゾーアイの手下の動きも激しく、戦闘回数は今までの海層に比べるとかなり多い。そんな中、嫌な事実が判明する。「ゾーアイがいつ消えてもおかしくない状態にある」「黒き貝はゾーアイではなく別の者が持っている」「黒き貝の持ち主が、ゾーアイをいつ消えてもおかしくない状態にした」ということだ。 判明した事実からジローはハカイダーが黒き貝の持ち主と考えた。 「ハカイダーが、黒き貝の持ち主だろう。つまりハカイダーがこちらに同調しないと、元の世界に戻ることが不可能だ」 ジローの言葉にゆりとめぐみは不満そうだ。ワタルは黙って受け入れていた、というか納得した。何度も闘って感じていたのは、「如何にジローと同じような存在とは言え、強すぎる」ということだ。 「何であいつが黒き貝を持ってんのよ!」 ゆりとめぐみは言葉にしないものの、そう思ったのは間違いない。怒りと殺気が2人の表情を険しく歪めている。 「お前達、その状態では闘えないだろう?」 冷静さを欠いていると一目でわかる状態の2人に対し、ジローはかなり冷静に2人へ問う。 「闘えるわ」 ハモって2人は返事をするが、ちゃんと問いに答えたというより、脊髄反射のように即答した結果だ。 「おねえさん達、もっと落ち着いてから戦った方がいい」 ワタルもジローに同意見である。が、ゆりとめぐみの様子に変わりはない。仕方ない、といった様子と口調でジローが言った。 「冷静さを欠いているお前達が戦ったら、棚橋を殺してしまう可能性がより高くなる」 「棚橋」という名前が入ったことで、ジローの言葉の「棚橋」以後の内容だけは2人の耳にようやく届いた。 「……」 怒りと殺気に溢れた荒ぶる状態から、ようやく落ち着きを取り戻し始めた2人。 「助けるどころか殺しちゃったら……」 「頭に血が上りすぎてたみたい」 何度か深呼吸して自分達を落ち着かせるゆりとめぐみ。 「ハカイダー、だっけ?」 ゆりがジローに尋ねる。 「ああ。どうにかハカイダーをこちらに同調させる必要がある」 「ハカイダーはジローに拘ってたから、ジローがうまいことやれば何とかなるんじゃない?」 「可能性はあるだろう。だが、何をすればいい?」 めぐみの意見にジローは肯定的な返答をした。 「『この世界でジローを倒しても、ジローを倒した証明ができないから元の世界に戻ってから決着をつける』っていうのは?」 今度はワタルが言った。 「いい策だ。『俺を倒した』証明ができないなら、口で言っているだけになる。ハカイダーもそれは避けたいだろう」 こうして、ハカイダーを同調させる方針が確定した。後は次にハカイダーが現れた時、ジローが同調するよう対応することだ。 4人はさらに第8海層を進み、段々とゾーアイのいる深海宮殿が近づいてくる。 だが、深海宮殿が見えたとしても突撃・突入することはできない。なぜならバラ色の貝がないからだ。バラ色の貝が分かれた7色の貝を戻すには、ゆりとめぐみ、それに棚橋の3人が必要だということが第8海層内を巡って分かったことだ。 「ある意味好都合かもしれない。ハカイダーは黒き貝を持っていて、棚橋と共に行動しているからな」 第5海層と第6海層の境で、ハカイダーの手駒にされてしまった棚橋は、それ以後ハカイダーと共に現れてきた。 「次にハカイダーが現れた時に、こっちの考える通りに行けば全て解決する」 ジローの言葉は楽観的希望でしかないが、ゆりとめぐみには楽観的ではない充分な希望の言葉に聞こえていた。 「次、絶対に勝つよ!」 めぐみがそう言うと、ゆりは頷いた。 4人は深海宮殿に一番近い、第8海層最後の村に辿り着いた。 「よっく来たなぁ。ここから先にあるのはゾーアイのいる深海宮殿だべさ。深海宮殿の入り口は黒き貝の力で見えなくなってるべ。黒き貝は持ってるんだべ?」 「いや、持ってない」 ジローが村人に答えた。 「なら、黒き貝を手に入れるべさ。そうでなけりゃ、進んでも意味がねえべ」 「ここから深海宮殿まではどのくらいの距離がある?」 「そうだべなぁ……この町が10個、くらいってとこだべか」 村人の言葉を聞いて、ジローが今までの戦闘での最大範囲を思い返す。大体この町が7、8個くらいの広さだろうか。 「ジロー、何で今みたいなことを聞いたの?」 ゆりがジローに聞いた。 「ハカイダーと棚橋を誘き出して、アレを実行できる最初で最後の機会かもしれないと思ってな。それにうまく行った後、この町に戻ってきて深海宮殿行きの最終準備もできる」 「なるほど。ジローの作戦をやろう」 ワタルの言葉にゆりとめぐみも同意した。 念の為、最後の情報収集を行ったが、特に新しい情報はなかった。4人が町を出て深海宮殿との中間が近づいて来た時。ハカイダーと棚橋が現れた。もちろん、棚橋は魔神に乗っている。 ハカイダーと棚橋が現れたということは、ジローの案を実行する時が来たということだ。ワタルが龍神丸を呼ぶ。ジローはハカイダーを納得させる必要がある。そして棚橋が身に付けさせられたものを、ワタルか、ゆりとめぐみが外すか破壊しなければならない。 「ハカイダー、この世界で俺を倒しても、俺を倒した証明ができないぞ」 「なるほど。俺をお前ら側に同調させるつもりなのか。証明できようができまいが、関係ない。俺の使命はお前を倒すことだ」 「俺を倒したのを自分が分かっていればいい、か」 「そういうことだ」 ハカイダーの言葉の直後、棚橋の魔神がジローを攻撃する。 「ジロー!」 ワタルと龍神丸がその攻撃を阻止。ハカイダー対ジロー、棚橋の魔神対龍神丸の闘いが始まった。ゆりとめぐみは明日葉丸で、ジローや龍神丸のサポートに入る。 闘いがしばらく続き、膠着状態になったと思われた時、それは起こった。 深海宮殿がとある生き物に姿を変えたのだ。その生き物はリュウグウノオトシゴ。ゾーアイ界が誕生した時からゾーアイと共に存在する生き物であり、ほとんど身動きすることなく海底に横たわっていた。ゾーアイ界のナマケモノ、とも言えるかもしれない。しかし、ゾーアイの存在を維持させる為に生き物としての動きを見せたのである。 深海宮殿の変化の余波は、宮殿から離れているジロー、ワタル、ゆりとめぐみ達の元にも届いた。この余波の影響を一番受けたのは棚橋の魔神だ。魔神の背中側に傷ができてしまった。この傷を4人が確認し、棚橋の魔神にある背中の傷を攻撃できるように連携して攻撃を続けていく。この連携にはハカイダーも手を焼くしかない。 「クソっ。またキカイダーを仕留められないのか」 ハカイダーの言葉に黒き貝が反応し、よりジローへの執念と破壊衝動が増す。だが、これはこの闘いを終わらせる流れを生み出した。それまでは棚橋へのフォローやバックアップ的な行動を肝心なところで行う理性と心的余裕を持っていたハカイダーから、それらが無くなったのだ。 「ワタル、ゆり、めぐみ。そっちを頼む!」 ジローが棚橋の魔神を3人に任せると意志を示す。 「了解っ!」「任された!」 ワタル、ゆりとめぐみが返事をする。 「ボクがあの背中の傷を攻撃して、乗ってる人も気を失うように魔神を止める」 「オッケー!」 「じゃ、私達が引きつけるから」 ワタルの言葉をゆりとめぐみが受け入れる。 一方、ジローはハカイダーを相手にしていたが、闘いに関しては変化前の方がやりにくかったと今のハカイダーを相手に思っていた。問題はハカイダーをどうやって元に戻すか、である。一番考えられるのはハカイダーの気を失わせることだが、今のハカイダーを相手にするには気を失わせるのではなく、ハカイダーを倒すつもりでやらないと自分の方が危ない。 明日葉丸と龍神丸のタッグが棚橋の魔神を相手に立ち回り続ける。ついに棚橋の魔神の動きを止めることに成功した。 「コーチ、大丈夫だよね?」 「うん。私達のコーチだもん」 「お姉さん達、気を付けて中に入って」 棚橋のことが心配なゆりとめぐみに、棚橋の魔神に入るようワタルは言葉を発する。 ゆりとめぐみは棚橋の魔神の中に入り、操縦席の棚橋を見つける。ワタルがうまい具合に棚橋を気絶させるように棚橋の魔神を止めたおかげで、棚橋が暴れるようなことはなかった。すぐに棚橋が身に付けさせられたものを外そうと掴む2人。黒き貝の力が発動しようとするが、その前に壊してしまう。 「よかった、コーチ」 「コーチ……」 棚橋の左右で安堵する2人の様子を目覚めながら見る棚橋。 「お前達……」 「コーチっ!」 棚橋が2人をそれぞれ見て呼びかけ、ゆりとめぐみは左右から棚橋に抱き着く。 「何だこりゃ!?」 自分がどこにいるのか、どういう状況なのか把握できない棚橋の混乱は当然だ。 「何か、私達異世界に来ちゃったんですよね」 「この異世界からあとちょっとでマン島に戻れるんです。コーチ、一緒に」 「そうか。なら帰らないとな」 棚橋の意識と意志を確認したゆりとめぐみは明日葉丸に戻る。 「ワタル、コーチを取り戻せたよ。ありがとう!」 「元の世界に戻れるまであと少しだしね。行こう!」 ゆりとめぐみの言葉にワタルは頷いた。 「ジローを助けよう!」 龍神丸、明日葉丸、棚橋の魔神がジローのサポートに入った。 「明日葉丸。お前の必殺技でハカイダーを吹っ飛ばすことはできないか?」 唐突とも言えるジローの問いに、ゆりとめぐみは黙った後、こう答えた。 「多分行けると思うけど……正直やってみなくちゃ分からない」 「ジロー、何でそんなことを聞くの?」 「深海宮殿の方向で何かあったのは分かっていたが、何か巨大な生き物が出たようだ。その巨大な生き物の腹の中に……何か別の生き物が存在して生き続けている。巨大な生き物を使えば、今の状態のハカイダーを元に戻せるかもということだ」 「ハカイダーを殺すわけにはいかないから、やってみよう」 ワタルは賛成を口にする。ゆりとめぐみ、棚橋も同意した。 「よし、俺達で明日葉丸をサポートするぞ!」 ジローの言葉を合図に、戦闘態勢の変更が行われ、明日葉丸が切り札となる。 新しい戦闘態勢に変化して間もなくすぐにチャンスが来たかと思われたが、そうではなかった。さらに闘いが続き、ようやく明日葉丸の出番が本当に来た。 「シャイニングロード!」「ウイニングストレート!」「ヴィクトリーチェッカー!」 明日葉丸の最大限の力でハカイダーを吹っ飛ばす。そのふっ飛ばし具合は魔神の力ならではである。一方、ハカイダーの方は気を失ってはいなかった。反撃するという意識だけがハカイダーに満ちていた。 ジローがハカイダーの反撃意識を感じ取る。 「ハカイダーは気を失ってない、反撃に気をつけろ!」 ハカイダーの反撃に、龍神丸と明日葉丸と棚橋の魔神が注意を払う。ジローも注意しつつ、反撃が自分に向かうようハカイダーへ接近していく。 「ワタル、コーチ!私達が明日葉であいつをもう1回泡に包んで、あの巨大な生き物の中に入れる」 「だから、そうできるようにジローを助けて!」 「分かった。お姉さん達なら、うまく行くよ」 「お前らならやれる!」 ゆりとめぐみの話にワタルと棚橋が乗っかり、ジローにそれを伝えてから龍神丸と棚橋の魔神でジローをフォローする。 「タイミングが大事。いくよ、めぐみ」 「失敗しないでよ、ゆり」 明日葉丸がオールにしていた明日葉を手にすると、明日葉が明日葉丸の大きさに合わせて巨大化した。まずは泡を発生させて、ハカイダーを包み込むタイミングを待つ。 ジローと龍神丸、棚橋の魔神はハカイダーの最初の反撃を避けて、ハカイダーの目標を自分達に固定させた。そして、明日葉丸、棚橋の魔神、ハカイダー、ジローと龍神丸が一直線上になった時。明日葉丸に合図が送られた。明日葉丸が明日葉の力でハカイダーを再び泡に包み込み、さらにその泡をリュウグウノオトシゴの中へ送り込んだ。 リュウグウノオトシゴの中にハカイダーの入った泡が入ると、泡はなくなり、ハカイダーが直接リュウグウノオトシゴに包まれる状態になった。すると、ハカイダーは大人しくなっていき、やがて眠っているかのように身動きしなくなった。ハカイダーから黒き貝が静かに浮き上がる。 「やはり、黒き貝はハカイダーが持っていたな」 黒き貝の力で、リュウグウノオトシゴの中にいるゾーアイの存在の危うさがなくっていく。 「ハカイダーの他に……あれは何だ?」 黒き貝とゾーアイの様子にジローが呟く。 「ひょっとしたら、あれがゾーアイ?」 ワタルがそうかもしれない、と口にする。 存在具合が元に戻ったゾーアイが、口を開く。 「この世界を元に戻すには、白き貝、黒き貝、バラ色の貝が必要。そしてバラ色の貝を成す7色の貝、それを纏める者も全てあるならば」 ゆりとめぐみ、ワタル、棚橋、ジローは言葉の続きを待つ。 「我のいる、このリュウグウノオトシゴの中へ」 ゾーアイの言葉を受けて、龍神丸・明日葉丸・棚橋の魔神・ジローが、ゾーアイとハカイダーの元へ向かい、辿り着く。すると、ワタル、ゆりとめぐみ、棚橋は魔神からごく自然に出された。同時に、ワタルの白き貝がバックルから離れた。また、ゆりとめぐみ、棚橋が持つ7色の貝も3人の元を離れた。 ゆりとめぐみに対してゾーアイが言葉を発する。 「あなた達の愛憎ぶりはとても大きく、私に影響を与えた。その影響は日を重ねるごとに大きくなっていき、やがて私は自分を失うほどになった」 ゆりとめぐみは、今回の出来事の真の原因は自分達だと言われたわけである。 「異世界に影響を与える程のその愛憎の大きさは、一歩間違えれば世界の破滅につながること・それだけ大好きな人がいるということは良いことであることを忘れないでほしい」 なんとも言えない気持ちになったものの、ゆりとめぐみはゾーアイの言葉を受け入れる。 ゆりとめぐみ、棚橋は自分達を中心に7色の貝を円状に並べ、3人の関係から発生する愛憎によって、7色の貝をバラ色の貝に変化させた。 これで、ゾーアイを元に戻すのに必要な3つの貝が揃い、後はその貝をゾーアイに見せれば、すべてが終わる。 「全てを纏め、一つと成す者。そして心と行く末を探し、見守りし者よ。それぞれの手に白き貝と黒き貝を、その胸にバラ色の貝を」 ジローが白き貝、黒き貝、バラ色の貝を掲げ、ゾーアイに見せる。 3つの貝の力はゾーアイが持つ力を甦らせ、それと同時にゾーアイ界自体も元に戻っていく。ゾーアイの力が完全回復すると、ゾーアイ界も完全に元に戻ったのだった。もちろん、リュウグウノオトシゴも深海宮殿に戻ったのである。 急 それぞれの世界へ 「終わった……」 ワタルは疲れを滲ませながら言う。ただ、表情は嬉しさを爆発させていた。 「やっと帰れる……ジロー、勝負よ!」 「レースの準備するよ、ゆり!」 ゆりとめぐみはマン島に戻ってからのレースのことに頭を切り替えていた。 「ジロー、どうだ?俺とマン島のレースに出るのは?」 棚橋の誘いに、ジローが答える。 「ああ、出る。ハカイダーもすぐには動けないだろう。それにマン島でレースをすれば、もうお前の教え子達にレースを申し込まれなくて済む」 「きっと今後は私達がジローにレースを申し込まなくても、ジローの方から私達にレースを申し込むことになるわよ。レースの面白さをジローは知ったんだから」 ジローのマン島TT参加表明に対して、ゆりがそんなことを返した。 「帰ろう!」 めぐみの一言に、ゆり・棚橋・ワタル・ジローが頷いた。ハカイダーは、ゾーアイとゾーアイ界の完全回復後も、眠ったままのような状態が続いていた。 「お別れだね、お姉さん達。ボクは創界山へ戻る。創界山からなら、ボクのいる世界へちゃんと帰れるから」 「ワタル、助けてくれてありがとう」 「元気でね、ワタル」 「ジロー、ありがとう」 「ああ。ワタルには、色々助けてもらった。ありがとう」 ワタルと、ハカイダーを含むワタル以外のグループがそれぞれいるべき世界へ、ゾーアイの力で帰っていく。ちなみに、明日葉丸もちゃんと元の世界に戻った。 ゆりとめぐみ、ジローと棚橋はこれからマン島TTで激突を迎える。そしてハカイダーは相変わらずジローを付け狙い、倒そうとし続ける。 ワタルはマン島TTをたまたまTVで目にし、ゆり&めぐみペアVSジロー&棚橋ペアの戦いを見て、その様子をゾーアイ界のことと共に強く記憶に残すのだった。 参考資料 つうかあ&キカイダー番外編(2017年度上半期号収録) つうかあ&キカイダー番外編幻のハワイTT!?(2017年度下半期号収録) |
2020/01/05
カテゴリ: きまぐれ雑記帳 :
執筆者: gf-tlvkanri (11:12 pm)
|
本作は2次創作である。全角40字/行で表示すると、当方の想定する折り返しと改行での表示になる。 長さは全角40字/行で約1300行(参考資料記載込)。 では、数行の改行の後に本編スタート。 プリンセスラバー&ワルキューレロマンツェ番外編 祝賀対決!シルヴィア対スィーリア あらすじ スィーリアの元にもたらされた、断ることのできない試合。それは新年祝賀対決で、フィルミッシュのプリンセスであるシルヴィアと闘うこと。果たして、勝つのはどちらなのか? 起 断れぬ試合、祝賀対決 学内戦終了から3日経とうとしていた。スィーリアはある来客の対応中である。 来客は鳳条院聖華。 「「既に断れなくなっているとは……」 その内容は新年の祝賀行事として、フィルミッシュのプリンセスであるシルヴィアとスィーリアの試合を行うというものだった。 試合そのものは何の問題もない。むしろ祝賀の行事に携わることができて光栄だとすら思うし、学校を卒業後に騎士として転戦する為の練習だと思えばちょうど良い。 気になったのは、この試合を行うことになった経緯だ。 「スィーリアさん、当日はよろしくね。我が鳳条院財閥が全力で試合を中継するわ」 聖華の言葉にスィーリアが頷いたのを確認してから聖華は部屋から出て行った。 来客対応の応接室を出たスィーリアはその足で、ノエルを探した。 「ノエル、私が来た理由は分かっているな?」 「もちろんよ、スィーリア」 「場所を変える。ここでは話せる内容ではない」 「そうね、移動しましょう」 2人は手近な空き教室を探して入った。 「鳳条院聖華が祝賀試合の話を持ってきた。それはいいが、この試合が行われることになった経緯がどういうことか聞きたい」 「ミレイユのことね。この間の社交界の集まりで、フィルミッシュのプリンセス、マリア姫とミレイユが話しているうちに、ジョストの話題が出て。で、私の通っている学校には『女王』って言われるくらい強い人がいるって言ったらしいのよね」 「らしい、というのは?ノエルはその場にいなかったということか?」 「その話がされていた時は、社交界へのあいさつ回りの最中だったから。あいさつ回りが終わって、それを聞いたの。で、マリア姫も張り合うように、シルヴィア姫なら負けないって言い出したっていうことらしいのよね。聞きつけた周りの人たちが面白がって祝賀対決をセッティングしてしまい、それが広まったというわけ。だから鳳条院も知っていて不思議はないわ。あの場に参加していたのだし。それで、シルヴィア姫のジョストの映像を見ることができたのだけど……低く見ても、Bランクの上位と互角くらいには戦えそうだったわ」 「それは楽しみだ。祝賀対決に相応しい闘いにしたいものだな」 「なら、貴弘をシルヴィア姫のベグライターにつけたら?」 「水野をベグライターにつけるのか、面白そうだ。ノエルにもシルヴィア姫側についてもらおうか。今回の件の責任を取る、ということも含めてな」 「ええ」 ノエルは返事をした。 翌日。スィーリアはノエルを使って、貴弘を呼び出した。生徒会室には、貴弘とスィーリアとノエルの3人だけである。 「なるほど。そんなことが……では祝賀対決に向けて、それなりの時期にフィルミッシュに入らないといけないでしょうか?」 「それについてはこれから確認するが、冬休み初日にフィルミッシュへ入れれば問題なさそうだ。ノエルの見立てによると、Bランク上位と互角には闘えそうだということだからな。馬の世話についても問題ないだろう。 今回は貴弘にシルヴィア姫側についてもらい、最高の闘いをしたい。それと……今回の件の責任ということで、ノエルにもシルヴィア姫側についてもらう」 「わかりました。綾子さんには話しておきます」 その夜。店が終わってから、貴弘は綾子に昼間あったことを話した。 「フィルミッシュね……いいところだから、試合だけじゃなくてしっかり楽しんでらっしゃい」 その時。 「フィルミッシュって、何しに行くの?」 一度は帰った美桜が戻ってきていた。忘れ物を取りに来たのだという。 貴弘は美桜にも同じことを話す。すると、美桜は納得して見せた。 「スィーリア先輩、何か大変だね」 「そうは思ってないだろうな。シルヴィア姫と闘えることを楽しみにしてる。俺をシルヴィア姫のベグライターにって言ってるくらいだから。それに、祝賀対決の行われる新年はスィーリア先輩の卒業する年でもある。卒業すれば騎士として世界各地を転戦することが始まる。その予行にうってつけだって考えてるだろう」 「確かに、スィーリア先輩ならそう考えそう」 承 鳳条院聖華からの依頼、そして大晦日 祝賀行事の件はあっという間に学内に広まっていた。 翌日の夜。再び鳳条院聖華が姿を見せた。今度は貴弘と綾子の家で経営している店舗にである。夜なので、今は飲み屋として営業中だ。 「こんばんは、水野貴弘君」 「こんばんは……あ、あの日に会った!」 「覚えててくれてありがとう。ね、ジョストの試合の解説したり、本を書いてみる気はない?」 「?」 貴弘の表情を見て、聖華が話し始める。 「あなたのこと、調べさせてもらったわ。騎士とベグライター、両方経験している数少ない人。ジョストの本はあれど、あなたのような人が解説したり書いた本は実に貴重。それにあなたなら、こちらとしても商売しやすいのよね。見た目も悪くないし」 見た目のことは明らかに付け足しで、その前の言葉は暗に貴弘の父が水野貴文であることを臭わせている。貴弘の父、貴文は一陣之風(ブラストウィンド)と称されるような超有名騎士なのだ。 「私としてはシルヴィの祝賀行事を盛り上げたいのはもちろんだけど、それだけってわけにいかないから」 「出来る範囲内で良ければお願いします」 「ええ、こちらこそよろしく。少し、ここにいさせてもらうわね」 「ごゆっくりどうぞ」 貴弘が挨拶して、聖華の前から離れた。 店内ではジェイムズや常連達が飲んでいる。しかし、聖華がいることで普段とは店内の雰囲気が違うせいか、飲みづらいようだ。 「あの嬢ちゃん、何者だ?貴弘」 「鳳条院聖華。日本の鳳条院財閥のトップです。ジェイムズさんも知ってると思いますが、祝賀対決の話。その話をしに来たのが、彼女です」 「ああ、あの鳳条院か」 ジェイムズは思い出したように鳳条院の名に反応した。続けて以前のことを話し始めた。 「15年くらい前になるか……日本でジョストの試合を開催したいから協力してくれと来たことがあったな。あの時は、あの嬢ちゃんの父親が来たんだった。同じ日本の財閥の有馬、とかいう財閥のじーさんと一緒にな」 それを聞いた貴弘は、東雲さんが実況するきっかけになったあの試合のことかと思い出していた。 店の中に生じた空気を見事なまでに破壊する人物が来訪した。傍らには女性がいる。 「ここが指定された店ですね」 男が大きい声で言う。 「いい店ね。この町に住んだら間違いなく通う店ね」 「エレン、デリスヴェントを今のままにしておくわけにはいかないのです」 店内を見回し、空気を読まぬ大きな声で挨拶する男。 「おや、鳳条院さん!お久しぶりです!お元気でしたか?」 「根〜津〜!」 男の名は根津晴彦。女性の名はエレン・ウム・メトス。 「鳳条院、以前の件では大変世話になった。礼を言う。ちゃんとした礼ができていないのはすまないが、後日我がデリスヴェントへ招いて礼をしたい」 「ご招待、お待ちしております。エレン様」 根津とエレンとでは聖華の態度が明らかに違う。 「それにしても、聖華はハルヒコに対していつもあの態度ね。昔からなの?」 「はい、昔は本当に空気を読まなかったので」 「今のハルヒコはそんなことはない、とまでは言わないけど、昔に比べたらずっとマシになってる」 「エレン、それはあんまりです」 晴彦の顔には、涙がちょちょ切れそうな様子が浮かんでいる。 「エレン様、しっかりと根津の手綱を握っていらっしゃるんですね」 エレンと聖華は根津をおちょくっているのが互いに分かっていると笑っている。 「ところで、鳳条院さん。我々をここに呼んだ理由は?」 「シルヴィのことよ。シルヴィが新年の祝賀行事でジョストをすることは聞いてる?」 「ええ。聞いています」 「で、新年の祝賀行事を見に行くのはどうかと思って。ちょうど、あなたたちがこの国に来ているのが分かったから」 「それはやぶさかではありませんが……仮にも一国の中枢に関わる身なので……」 「ジョストの主な競技層は、いわゆる貴族が中心。顔を見せておいて、あちこちの国の貴族に覚えておいてもらっても損はないと思うわよ。デリスヴェントは今交易を増やしたい、もっと言えば経済発展を今以上にしたいんでしょう?」 晴彦とエレンがデリスヴェントの中枢についてからは、以前と比べると政情の不安定さはなくなってきている。 それには晴彦が失恋した相手の音薗雪洸(おとぞのゆきひ)が嫁いだ、エスペル王国が一役買っている。以前、晴彦は雪洸にプロポーズした。同じタイミングで、エスペル王子のサスーサスもプロポーズし、雪洸はサスーサスを選んだのだ。 その後、晴彦は仕事の為エスペル王国経由でデリスヴェントへ行くことになり、エレンと出会った。 エレンは先々代大統領の娘であるが、先代大統領がクーデターでエレンの父である先々代大統領を死亡させ、大統領についていた。しかし、晴彦の秀峰学園時代のつてにより、デリスヴェントの正統後継者であることが確認され、世界に広められた。また、その報道には、エレンが既に晴彦と結婚していることも含められていた。 そういったことと、かつてエスペルとデリスヴェントの親交があったこともあり、デリスヴェントとエスペルの交易が再開。それを足掛かりに、経済発展の入口が見えたところ、というのが現在の状況だ。 「ハルヒコ、フィルミッシュの行事に参加すべきだ。聖華の言うとおりでもあるし、今後デリスヴェントで祝賀行事を開ける余裕が出てきた時の参考にもなるだろう」 今のデリスヴェントには国全体で祝賀行事を開けるような余裕はまだない。 飛行機や幹線道路がギリギリ機能しているくらいなのだから。 そんな状況は晴彦もエレンも分かっている。それでも、あえてエレンがそう言ったということは本当に今後のことを考えてのことなのだろう。 「鳳条院さん、試合の日程は?」 晴彦が質問する。 「年明けの1月2日」 「なら、大丈夫そうですね。我々も参加します」 「シルヴィも喜ぶと思うわ」 貴弘と美桜はそんなやりとりが聞こえる中、店の仕事をしていた。 「貴弘君、なんだか鳳条院さんの席のところに集まってる人たちすごい人ばっかりみたい」 「そうみたいだな」 あまり客の話に聞き耳を立てるものではないとばかりの反応をする貴弘。 「水野君、ちょっと」 聖華が貴弘を呼ぶ。 「ジョストはどんなのものかとか、ルールとか、試合の進行とかについて教えてくれないかしら?」 「はい」 貴弘は聖華たちの席に行き、聖華が説明を求めた内容に対応した。 「面白そうだな、ハルヒコ」 「ええ、ただジョストに興じられない状況が残念です」 「良ければ、明日学園でジョストがどんなものかを直接見てみるのはどうですか?」 「ミズノ、だったか。気持ちは嬉しいが我々は明日の朝に、デリスヴェントへ戻らねばらない」 「そうですか。直接見てもらえれば、もっとジョストのことを分かってもらえると思ったんですが」 「エレン様、何か彼にデリスヴェント政府のものを差し上げては?彼はジョストの世界でも超有名な騎士、一陣之風(ブラストウィンド)貴文の息子ですし、彼自身も怪我で一度騎士を引退してベグライターになっているものの、ひょっとしたら騎士へ戻るかもしれないというくらいの挑戦者(チャレンジャー)でもあります」 「そうだな……政府としてのものは持ち合わせていないが……紙とペンを用意してもらえるだろうか?」 「水野君、お願いできる?」 エレンの言葉に続けて聖華が依頼を重ねる。 「わかりました、持ってきます。少し待っててください」 「ええ、お願い」 貴弘の返事に聖華は頷いた。貴弘は紙とペンを取りに行って席を離れた。 「聖華、わざとミズノにジョストのことを説明させたな?」 エレンが聖華に質問した。 「バレてましたか。彼なら大丈夫だと思いましたから」 この「大丈夫」には、2つの意味が込められている。1つは政府の中枢にいる要人に対してであっても、きちんと対応できるか。もう1つはジョストのことを短時間で魅力的に説明・解説できるかということだ。 「彼は、少し哲平のことを思い出させるんですよ。だからかもしれません」 意地悪というよりは、助けるという意味のように聞こえる返答を聖華はした。 「彼は今後のジョスト界に非常に大きな存在になるでしょう。騎士やベグライターとしてだけではなく。鳳条院としては、今のうちから手を付けておきたいというのもあります」 「デリスヴェントとしても、ミズノを押さえておくことはメリットがあると」 「はい」 その時、貴弘が紙とペンを持って、席に戻ってきた。 「お待たせしました」 「ありがとう、ミズノ」 エレンは紙とペンを受け取ると、文章とサイン、場所と日時を記した。文章の内容は大雑把に言えば、こんなものである。 「水野貴弘殿 今後デリスヴェントでジョストが行われるようになった際。 貴君をデリスヴェントのジョストにおける特別公認者として、デリスヴェントへの出入りと根津晴彦、エレン・ウム・メトスへの面会権を認めるものである。なお、デリスヴェントの国益に反する場合は、先の内容は破棄する」 「これはまた……ずいぶんと思い切りましたね、エレン」 「聖華があれだけ買っているのだから、こうしておいて問題ないだろう」 「水野君、エレンが書いた内容を君に教えてあげましょう」 晴彦から紙に書かれた内容を聞いた貴弘は驚愕と重責すぎて、声も出なかった。 「ミズノ。デリスヴェントでジョストができるようになった際、相応の働きを見せてくれることを期待する。もちろん、その状況が実現できるように、私もハルヒコもデリスヴェントを発展させていく。いつか我がデリスヴェントへ来てくれることを願う」 「ありがとうございます」 エレンの言葉に、貴弘はそれだけ言うのが精いっぱいだった。 さらに時間が経過し、12月も半分を過ぎた。普通なら、クリスマスと年越しのことがジョスト以外のことの大半を占める時期。 だが貴弘とっては、年明けの祝賀対決に向けて、フィルミッシュ入りを意識する時期である。 「今年もあと少しで終わり。年明け早々はフィルミッシュでの祝賀対決か」 「な〜に、貴弘。やけに年末年始を意識してるわね」 練習場で、ノエルに声をかけられる貴弘。 「フィルミッシュでの年越し、楽しみね」 「ああ、シルヴィア姫はBランク上位と互角に戦えそうだっていう話だからな。ベグライターとしては楽しみだ」 「ふーん、それだけ?」 ノエルが何を言わんとしているのか貴弘は分かったが、あえてそこを無視して返事をする。 「それだけだ」 「それ以外のお・た・の・し・みは?」 「ノエル、いい加減にしろ」悪ノリを諌める口調の貴弘。これ以上は怒らせると判断したノエルは茶化すのをやめた。 「でも、冬休みにフィルミッシュ入りでいいなんて大丈夫なのかしら?」 「ノエルが見たっていう、シルヴィア姫のジョストの映像の撮影された時期にもよるだろうが、そうそう無様なことにはならないだろう。時間をうまく使って、短時間でも集中した密度の高い練習をしていると思う」 貴弘の言葉に、貴族の家柄であるノエルは納得した。アスコット家と言えば、ヘレンズヒルを代表するだけではなく、国の中でも有名な貴族だ。5つの爵位の最上位である、侯爵を持つような貴族はそうそういるものではない。政府にも影響を与えることすらある貴族ともなれば、限られた時間で最大限の成果を出すことを要求されるのが常である故だ。 「スィーリアのこともあるし、しっかりシルヴィア姫の練習の相手をしないとね」 5日後、冬休みに入った貴弘とノエルはフィルミッシュ入りした。もちろん貴弘は、綾子からの土産のプレッシャーを充分にかけられた上で。 フィルミッシュに着くと出迎えの者がいた。 「ノエル・マーレス・アスコット様、水野貴弘様ですね?」 「ええ」「はい」 2人の返事を確認すると送迎用の車で、フィルミッシュ官邸の近くへ。 「申し訳ございません。シルヴィア様は現在公務の最中で、まだ時間がかかります」 「わかりました。この近くにジョストの練習できる場所があれば、そこを見たいのですが」 「シルヴィア様から公務中にお2人をお迎えした場合、お2人をお連れする場所を指定されておりますので、そちらへ参りましょう。おそらくお2人のご希望されている場所ではないかと」 「お願いします」 遣いの者が新たに連れて行った場所は、まさしくジョストの練習場だった。 「貴弘。鎧についている紋様……フィルミッシュの国旗を元にしたものよ。つまり、国を代表する騎士の練習場、ってことね」 貴弘は破顔する程の喜びようだ。普通、国を代表する騎士の練習場に立ち入ることなどありえない。ノエルも貴弘程ではないにしても、ジョストを行う騎士として、確かに喜びを感じていた。ここに入れただけでもフィルミッシュに来た価値はある。 練習場の様子を見ていると、あっという間に時間が過ぎていた。シルヴィアが公務の為に会うことができず、こちらに来たことを忘れているくらいだった。 「公務、そろそろ終わってもいい頃ね」 ノエルがそんなことを呟くと、呼応するかのように1人の女性が現れた。 「君たちが、ヘレンズヒルから来たノエル・マーレス・アスコットと水野貴弘か?」 「はい」 ノエルが女性の問いに返事をする。 「私はシルヴィア・ファン・ホッセン。シルヴィでいい。今回の件、妹のマリアのせいですまないな」 「シルヴィア姫、私の妹のミレイユにも原因があります。お互い様ということで、今回の件の原因についてはこれ以上の話はやめましょう」 「ありがとう、助かる。私のところに話が来た段階ではすでに断ることができなくなっていた」 「シルヴィの闘う相手である、スィーリアも同じことを言っていました」 「そうか。今回の件ではスィーリアが、一番の被害者かもしれないな」 「それは心外です、シルヴィア姫」 貴弘とノエルには聞き覚えのある声。スィーリアがこの場に現れたのだ。 スィーリア本人が現れたことで、先ほどは違った雰囲気が現れる。 「初めまして、シルヴィア姫。スィーリア・クマーニ・エイントリーと申します」 「スィーリア先輩!」「スィーリア!」 「話を聞いた時、すでに断れなくなっていましたが、学校を卒業してからの騎士としての日々の良い予行になると思いました。それに、フィルミッシュの国を代表する騎士の練習場に入ることができるなど、普通にはありえない」 「私のことはシルヴィでいい。水野とノエルもそう呼んでくれて構わない。公の場以外ではシルヴィの方が慣れている。もっとも公の場だろうと、常にシルヴィと呼ぶ困った者もいるのだが」 その困った者とは、シャルロット。聖華やシルヴィア等友人や親しい者達はシャルと呼ぶ。 シャルロットはヘイゼルリンクの姫であり、聖華やシルヴィア、根津達と共に秀峰学園に在籍していた。今は自国のヘイゼルリンクで公務に努めているのだが、生来からの茶目っ気と好奇心による行動力は周りを振り回している。 「シルヴィ、あなたのジョストを見たい。ノエルやスィーリア先輩と練習試合をしてもらえませんか?その内容次第で、本番当日までの練習メニューを考えます」 ノエルとスィーリアがそれぞれシルヴィアと戦い、シルヴィアのジョストの実力が示された。 「ノエルがBランク上位と互角に戦えそうだっていう見立てをしたのは聞いていましたが、この様子なら、Aランクとも行けそうですね」 シルヴィアのジョストに、父である貴文のジョストを思い出す貴弘。 「君の父、一陣之風(ブラストウィンド)貴文に基礎を教わったことが生きているのだろう」 「親父がシルヴィにジョストの基礎を!?」 驚いたが、貴弘は納得できた。 「騎士は世界を転戦する。随分と前だが、フィルミッシュでの試合の際、父が意気投合してな。私も試合を見て、ジョストに興味が湧いたところだったので、基礎の指導を受けた」 「そんなこと、親父は全く言ってなかった」 「君の父にとっては、姫だろうと自分の息子だろうと『ジョストの教えを受ける者』というところで、変わりがないのだろう」 確かに貴文ならあり得ると貴弘は思った。シルヴィに本番までのメニューを伝えて練習を開始する。 「貴弘。私はフィルミッシュのベグライターに見てもらう、練習を終える時は声をかけてほしい」 「わかりました、スィーリア先輩」 貴弘はスィーリアに返事をしてからシルヴィアへの言葉を続ける。 「今のメニューで、行きましょう。それと、少しトリッキーな闘い方や技も覚えておくと役に立つはずです。スィーリア先輩なら、そういう闘い方ごと受け止めてくれます」 今日は互いの状況からメニューの一部だけをこなすことにした貴弘やシルヴィア達。 そのメニューが終わると、スィーリアに声をかけ共に練習を終了した。 また、シルヴィアがフィルミッシュの騎士達に、スィーリア・ノエル・貴弘のことを紹介した。 3人に対して、フィルミッシュの騎士達からは思い思いの言葉が出た。どれも驚きや歓迎している言葉であった。 シルヴィアとスィーリアの試合を楽しみにしている、という言葉を背に受けながら3人は練習場を後にした。 「国賓を泊めるホテルが君たちのホテルだ。この練習場と、そう離れてはいない。馬の様子が気になるなら、ホテルから見に来ることもできる」 「ありがとうございます。シルヴィ」 スィーリアが礼を言う。 「明日からは今日より練習の時間が取れる。しっかり練習できる」 今日の練習のシルヴィの様子を見ていた貴弘は、あれでもシルヴィにはしっかりではないのかと少し驚いた。練習への集中力はスィーリアと同じかそれ以上だった。 あの集中力で密度高く練習をこなせば、短時間でも実力が付くのは当然。 これがAランクとも戦えそうなジョストの腕前を維持できる姫(シルヴィア)の実力かと貴弘は感心した。 「すごいですね、あれで『しっかり』じゃないなんて」 「私は、状況によっては最前線に立たねばならないこともあり得る。集中力をみだりに欠くようなことはあってはならないからな」 官邸近郊なのだから、治安は保たれている。しかし、このような話が出てくるということは過去に何かあったのだろう、と貴弘は想像した。 そこへ女性がやってきた。貴弘よりも年下のように見える。 「皆様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。マリア・ファン・ホッセン、心よりお詫び申し上げます」 「マリア、スィーリアには特に謝るのだぞ。話自体は断ることができなくなっていたとはいえ、彼女が応じてくれなければ祝賀行事でのジョストの試合はなかった」 「スィーリアさん。本当に申し訳ありません」 マリアがスィーリアに謝る。 「マリア様、お気になさらず。私も卒業後は騎士として世界を転戦することになっております。その予行が祝賀行事でのジョストの試合とは身に余る光栄です」 スィーリアの言葉は、お世辞的なものではない。スィーリアの本心だ。それが伝わったのだろう。安堵の表情をマリアは見せた。 「ありがとう、スィーリアさん。ここを発つまで、フィルミッシュを存分に堪能してください」 「はい、練習の合間にそうさせていただきます」 笑顔でマリアの言葉に答えたスィーリアを見てから、マリアは一礼してその場を去った。 「さて、君たちを送迎の車のところまで案内しよう」 シルヴィアに先導されて、貴弘たちはついていく。 途中で、一組の男女に出会った。 「シルヴィア姫、ご機嫌麗しゅう」 「シルヴィ、ご機嫌いかが?」 男女がそれぞれ挨拶する。 「サスーサス。それに雪洸。帰るのか?」 シルヴィアの問いに2人とも頷いた。 「エスペルに戻り、再び年明けの祝賀行事には参加します」 「私、ジョストを生で見るのは初めて。楽しみにしてるわ。それと、公務じゃなくて、私的にマリアちゃんに会いに来るわね」 シルヴィアは雪洸のマリアに会いに来るという言葉に内心苦笑したものの、それは出さずに挨拶した。 「2人とも良い年を」 「シルヴィア様も」「シルヴィも」 サスーサスと雪洸はシルヴィアの先導する方向とは違う方向に歩いて行った。 「今のは……確か、エスペル王国のサスーサス王子。それに王子の奥様の雪洸様」 ノエルが思い出しながら言った。 「あの2人が来たのは別件だ。それとマリアに礼を言いに来たのだろう」 「お2人がマリア様にお礼?」 「あの2人が出会ったのは、マリアが関わっているからな」 「興味深いですね。詳しくお伺いしても?シルヴィ」 ノエルは興味津々でシルヴィアに問うた。 「おおよそのことしか私は知らない。マリアか根津に聞くといいだろう。根津の方はひょっとしたら嫌がるかもしれないが」 根津という人名に聞き覚えがあるが、なかなか出てこない貴弘。 その様子にスィーリアが気づく。 「どうした?水野」 「根津という名前に聞き覚えがある気がするんですけど、思い出せなくて……」 「ひょっとしたら、根津に会ったことがあるのではないか?今はパートナーのエレンと共に、デリスヴェントを盛り立てている。そして、空気を読まないというか、雰囲気をぶち壊すのが得意というか」 「思い出しました。スィーリア先輩に祝賀試合の話が来た翌日の夜に、うちの店で会いました。そういえば、鳳条院さんとエレンさんにおちょくられていたというか、何というか……祝賀行事には参加すると言ってました」 「そうか。鳳条院もエレンも根津も相変わらず。そして息災のようだな」 懐かしさが出ている顔を見せるシルヴィア。そんな顔を見ながら、いつか自分もこんな風に今のことを思い出す時が来ると感じる貴弘だった。 「着いたぞ。明日から本番前日までの練習、よろしく頼む。ノエル、水野。そして、スィーリア。本番ではいい試合をしよう」 「はい」 ノエルと貴弘は同時に返事をした。 「もちろんです」 スィーリアもシルヴィアの言葉に同意した。 来た時と同じ人物がホテルまで車を出し、しばらくするとホテルに着いた。 「それでは皆様方、明日からどうぞよろしくお願いいたします」 貴弘たちが降りたのを確認してから、そう言って戻っていった。 「さて、今日は寝ることにしよう。明日から本番に向けての練習だ」 スィーリアの言葉に貴弘とノエルが頷いた。そして、それぞれの部屋に入り、眠った。 その頃、シルヴィアはジョストの練習場におり、1人で練習をしていた。 とは言っても、基礎練習で馬を使うような練習ではない。 そこそこの時間ではあるが、いくつかの基礎練習をとクールダウンを行った後、 練習場を出た。 その練習場を出たところで、人影が1つ。その人影はシルヴィアに急に抱きついた。 こんなことをするのは、シルヴィアの知る人物では1人しかいない。 「シャル!」 「シルヴィ、久しぶり!」 「公務はどうした?こんなに早くフィルミッシュに来るとは聞いてないぞ。ヘイゼルリンクは大騒ぎではないのか?」 「だ・い・じょ・う・ぶ」 ハートマークがいくつ付くのだろうという甘い声で返事をするシャルロット。 その様子に、公務のことを言うのは無駄だと判断したシルヴィアは何も言わず、宿泊用のゲストルームへ案内する。 「ジョストの試合を見るまでは帰るつもりがない。そういうことだな?」 「さっすがシルヴィ!」 呆れたとばかりにため息をつきたいところだが、この程度ならシャルロットにはいつものこと。 「哲平はどうした?今はヘイゼルリンクと近しい立場のはずだろう?」 「後から来るわ。哲平もシルヴィの試合を見るって言ってたもの」 「そうか」 シルヴィの言葉よりも表情から何かを読み取ったらしいシャルロットが尋ねる。 「シルヴィ、何かいいことあった?」 「いいことか。そう言えるかもしれないな。少し哲平を思い出させるような人物がこの国に来ている」 「哲平を思い出す、ね。どんな人?」 「明日になればわかる。明日からジョストの練習の本番だからな」 「じゃ、楽しみにしておくね」 それから少し雑談をした後、シルヴィアは部屋を出た。 自分の部屋に戻りながら今日のことを思い返す。そのせいだろう、いつもよりゆっくりと歩いて自分の部屋に着いた。なぜだろうか、いつもよりも眠りに落ちるまでは少し時間がかかったのだった。 本番の前々日である大晦日までの練習日程。本番までの練習に使える日と時間が限られている為、可能な限り密度の高い練習を行わなければならない。のだが、思いもよらなかった状況になっている。シャルロットの存在だ。 「シルヴィ、素敵!」 騎士姿のシルヴィアと練習風景を見て、一事が万事こんな調子で声を上げている。 「シャル、少し静かにしていろ」 シルヴィアの言葉はシャルロットは少し大人しくさせた。 「水野、ノエル。何かあるか?」 「大丈夫です。シルヴィ、ノエルと試合をしてみてください。審判は自分がやります」 既に基礎練習の時間に使ったため、残りは1試合行えるかどうか程度の時間だった。 「わかった」 後はノエルの準備ができればという状態だが、当のノエルの準備は既にできている。 「こっちも行けるわ」 「シルヴィ、実戦形式でノエルのトリッキーな技を披露してもらいます。まずはノエルの技を体感して、可能なら盗んでみてください。この試合が終われば、今日の練習は終了です」 「じゃ、行きますよ。シルヴィ」 そうして、本格的な練習の1日目は終了した。 練習場から貴弘とノエルとスィーリアが先に出た後、シルヴィアとシャルロットが練習場を出た。 2人は歩きながら話をする。 「シルヴィが言ってた、少し哲平を思い出す人は貴弘でしょ?確かにそうね」 「そうだ」 「ノエルとスィーリアは貴弘のことを意識してるわね。シルヴィは?」 「そこまでのことはない。今回の件で、ジョストのベグライターをしてくれている。それだけだ」 表情と言葉に込められた感情の一致を読み取ったシャルロットは、この件についてそれ以上何も言わなかった。 「シルヴィ。今日のノエルとの試合、惜しかったわね。フェイントを混ぜているのがしっかり見分けられたのに」 「ジョストに賭けている分、ノエルの方が上手だからな。ところで、シャルはあのフェイントが見えていたのか?」 「全部ではないけど、少し。私、結構目がいい方なのよ。踊っているような時でも、誰がどうしているのかそれなりに見えるわ」」 「なるほど。それがシャルの好奇心を支える能力、というわけか。で、持ち前の茶目っ気と合わさって周りを振り回すと」 「シ〜ルヴィ〜!」 シャルロットには珍しく、怒ったような声色だがすぐに元に戻った。冗談であった為だ。 「もうすぐ、夕食だな」 「夕食、楽しみ」 シルヴィアの言葉にシャルロットが反応する。 夕食を取った後、シルヴィアは再び練習場で自主練習をするのだった。 そして、練習できる日と時間はあっという間に過ぎた。 最終日である大晦日。新年への意識が一番高まる日だ。その朝、カイル・美桜・綾子・茜・リサ・ベルティーユを始めとする、ウインフォードの一団がフィルミッシュに入った。空港からホテルへ向かう一行。 「今日、フィルミッシュに入れて良かった〜」 美桜が心底安堵したように言う。 「貴弘がうちに来る前に、フィルミッシュ観光したことあるけど……大晦日ってこんな雰囲気なのね」 「今日は水野たちも早めに練習を切り上げるだろう、明日は休養日にしているはずだ」 茜は練習のことを気にする。 「明日は元日。出歩くにしても店は多分やってない」 リサは実に冷静なツッコミのような一言。 「綾子先生、今日明日と休みにしても良かったのですの?」 ベルティーユは綾子に質問してみた。 「まあ、今年は少々特別だから。大丈夫よ」 そんなやりとりをしていると、ホテルについた。ベルティーユのつてのおかげで、国賓が泊まることのあるホテルが押さえられている。このホテルは貴弘達のいるホテルではないが、そことはそれほど遠くない。 「んじゃ、さっさと部屋に荷物置いて、フィルミッシュ観光といこうぜ」 カイルの提案は当然のごとく他の面々に受け入れられた。チェックイン・部屋の振り分け後、一行はフィルミッシュ観光に繰り出した。 「フィルミッシュでは、こんなものが売られているのか」 茜がボソッと呟いた。視線の先には、騎士姿のシルヴィアを象ったキーホルダーがある。 「恐らく、今年だけよ」 同じキーホルダーを見ていた綾子が、茜にそう言う。また、わずかにタイミングが遅れて美桜が言った。 「あ、これ……新しいメニュー作れそう!」 美桜の不穏な発言を聞いた綾子は、何とか美桜が見ている食材から気を逸らせないかと考え始めた。 美桜は既に存在する料理を作るのならば何の問題もないのだが、自分で作る新メニュー・創作メニューについては、必ず何かをやらかすものである為だ。 「龍造寺さん。美桜ちゃんの見ているものを変えさせることはできないかしら?」 「どうしたんですか?」 「『新メニューできそう』って言葉が聞こえたのよね」 茜は納得した。学食で美桜の新メニューを食べた時のことを思い出したくないくらいだ。 「そうですね……水野がいると言って、気をそらすとか?」 どう反応しようかと思った時。 「カイル!それに美桜・綾子さん・茜・リサにベルティーユまでいる?」 貴弘の声が声がした。 「あら、みんなでフィルミッシュ観光?」 「まさかフィルミッシュでみんなの顔を見るとは」 続けて、ノエルとスィーリアが言葉を発する。 「明後日の試合を見に来たのさ。こんな試合、めったにあるもんじゃないからな」 カイルは本当に試合を楽しみにしている様子が伝わってくる。 「綾子さんが、今日明日は店を閉めて見に行く、っていうことが伝わってみんなで行こうってことになったの」 綾子は美桜の気が貴弘にそれたことでホッとした。 「?綾子さん、なんかやけにホッとしてない?」 綾子の様子から、ひそひそ話で質問する貴弘。 「美桜ちゃんがね、さっき食材を見てて。うまいタイミングで貴弘達が来たからよ」 「なるほど、それは確かにホッとするのも当然だ」 綾子とのひそひそ話状態から離れる貴弘。すると…… 「水野、今日の練習はいいのか?それともこれからか?」 「今日は午後から夕方までで軽い練習だ。シルヴィア姫のジョストの強さは、想像以上だった。ノエルが見立てたBランク上位と互角を超えてた。茜といい勝負できると思う」 茜の質問に、貴弘が答えた。 「それほど強いのか。試合をしてみたいが、さすがにお姫様とは無理だろう。明後日の試合の時にその強さを確かめる」 「この大人数だ、どこかの店へ入ってお茶するのはどうだ?」 スィーリアの提案に全員賛成した。入れそうな店を見つけて、今は全員が飲み物を注文し終えたところだ。 フィルミッシュ入りに関してカイルから話を振られた貴弘は言った。 「国賓扱いになっているとは思わなかった」 「マジか!すげーじゃん。経緯(こと)が経緯(こと)だけにそういうことになるのか」 カイルが驚いている。 「それと、俺も知らなかったんだが、シルヴィア姫にジョストの基礎を教えたのは親父だと」 「なにぃいいいいいいいいいいい!」 カイルが驚愕のあまり、絶叫の声を上げる。 「貴弘、それホント?私もそんなこと聞いてないわよ」 綾子も全く初耳らしい。綾子は貴弘の伯母であるため、兄である貴弘の父すなわち、一陣之風(ブラストウインド)貴文のことはよく知っているのだが、それでも聞いたことはなかったようだ。 「以前、親父がこの国に来た時。シルヴィア姫の父親、つまり国王と意気投合したのと、シルヴィア姫自身がジョストに興味を持ったこともあって基礎を教わったと言ってた」 「一陣之風(ブラストウィンド)貴文、恐るべし」 「シルヴィア姫曰く、親父にジョストの教えを受ける者は、『誰であろうと、ジョストを教わる者』としか見ていないのだろう』ってことだったな」 カイルと貴弘の話が一区切りしたタイミングを見計らったのか、飲み物がそれぞれに届き始めた。 カイルは届いた飲み物をすぐに飲み干した。先ほどの絶叫でのどが渇いていたのだ。 「スィーリア先輩、フィルミッシュを代表する騎士の方々と訓練されているのですよね?」 「流石に国を代表する強さだ。私も卒業後は彼らと槍を交えることになる。もっと練習して強くならねば、彼らと渡り合うことはできない。いや、彼らだけじゃない。ジョストに己が道を賭ける者達全てに、だな」 茜の問いに、スィーリアはそう答えた。 「私も、もっと精進します」 「互いにがんばろう」 しばらく雑談が続いた後、全員店を出た。 貴弘達によると、戻って午後の練習に備えるにはこれが限界の時間だということだった。 「私達は、試合会場への道をホテルから辿ってみようよ」 美桜の提案により、一旦ホテルの入り口まで戻る一行。そしてホテルから試合会場までの道をチェックする。 「祝賀行事だからな、店が出るというのは想定していたが……これだけ店が出るとは」 あまりの露店の数に茜は少々驚いている。 「下見をしておいて、正解だったかもしれませんわね。今日、これだけ店が出ているのですから、明後日にはもっと増えることですわ」 ベルティーユも感じたことを口にした。 下見としては十分だと判断した綾子がホテルに戻るよう指示を出した。 道すがら、カイルがある男性とぶつかった。 「すみません」 「こちらこそ」 カイルが謝ると、男性も同じように謝った。この男性こそ有馬哲平である。 「哲平様!」 「優さん、大丈夫。気にしないで」 哲平様と声をかけたのは哲平付きのメイド、藤倉優だ。 制服を見て、哲平はカイル達がウィンフォード学園の者達だと気付いた。 「明後日の試合を見ることになってるから、会場でまた会うことがあるかもしれない。よろしく」 「はい」 カイルは哲平の言葉に返事をした。 「行こう、優さん」 「はい、哲平様」 哲平が去っていく様子を見る一行。 「本当にメイドを連れている人がいるんだな」 カイルが呟く。 「メイドをこういう場に連れているということは、かなりデキるメイドだと思いますわ。普通、メイドではなくSPがいるものですもの」 ベルティーユは優が特に優秀なメイドだと言った。 「綾子さん、どうかしたの?」 「今の男性……見たことがある気がするのよねえ。どこだったかしら?……」 「あのメイド、男性のことを哲平って呼んでた」 リサが呼び方のことを言った。 「哲平……?あ、思い出した!彼、有馬哲平よ!」 「有馬って、あの有馬ですか!?」 「え、ほんと!?」 「誰なんだ?有馬哲平ってのは」 綾子が思い出した内容に対し、驚く茜と美桜。カイルはいったい誰のことなのかと疑問を口にした。 「日本で一番有名な財閥が有馬財閥。その後継者が彼、有馬哲平」 綾子が答える。そして哲平のことについて、さらに続ける。 「彼はそもそも、ごく普通の家で育ったのだけど、引き取られて有馬財閥の後継者になった。普通こんなことは有り得ないから、日本では相当センセーショナルだったみたい。その後は後継者としての実力を示して、着実に有馬財閥を率いるにふさわしい存在へ成長したって話ね」 「俺、そんな人とぶつかったのか!」 カイルはやや冷や汗の表情をしている。 「ここにいるっていうことは、明後日の試合の観戦でしょうね。彼の同級生にはフィルミッシュのシルヴィア姫がいるという話だから」 「確かに、明後日の試合を見ると言ってました」 「ぶつかった以外は何もなかったから大丈夫じゃないかしら。心配しなくていいわよ」 綾子の言葉で気が楽になったカイルは、今度は他の人にぶつからぬよう歩いた。 ホテルに一行が戻った時は、昼食にふさわしい時間は過ぎていた。 哲平はフィルミッシュ官邸へ入った。シルヴィアからシャルロットがいると連絡を受けていたからだ。 「シャル!」 「哲平!」 「ここでは人目がな。哲平、シャル。移動するぞ」 シルヴィアは人払いの為、自分が指示するまで誰も部屋に近づかないよう周りの者達に命じた。 シルヴィアの部屋に入った3人。 「さて、シャル。これほど早くフィルミッシュに入った理由は哲平絡みだろう?」 返事の代わりに、自分の腹に手を当てるシャルロット。 「なるほど、そういうことか。身の危険、命の危険もあると」 「最近、公務を減らされて部屋にいさせられることが多かったの。私のことを案じてくれているのだと思ったら、哲平を嫌う人たちの画策だったってことが分かって。私を閉じ込めて私達にプレッシャーを与える為だったみたい」 「それなら、もう片付いたから大丈夫。ヘイゼルリンクに何の心配もなく帰れる。大丈夫だよ、シャル」 「本当!?」 「本当だよ、シャル。もうみんなに知らせられる」 「流石、哲平だな」 「シルヴィのところにシャルがいるって分かってたから安心して動けたんだ。フィルミッシュを巻き込むとなれば、国際問題になるからね。あっちもそれはゴメンだというのは同じだった」 「シャル、3人で歩いて行こう」 「哲平……うん!」 「哲平、シャル。おめでとう。とりあえず、私が練習から戻るまではこの部屋で存分に2人の時間を過ごすといい。とは言っても、ごく短時間で悪いのだが」 そう言って、シルヴィアは午後の練習の為に向かった。 貴弘・ノエル・スィーリアとシルヴィアがちょうど同じタイミングで、練習場の入り口に着いた。 「今日は、軽い練習で疲れを残さないようにします。明後日は本番ですから」 「わかった」 貴弘の言葉にシルヴィアは同意し、今日の練習が始まった。 普段の練習時間に比べると確かに軽い内容だったのは確かだ。 1時間ちょっとすると練習が終わった。 「では、今日はこれで終わりです」 「ベグライターについてくれたこと、感謝する」 「それはまだ早いですよ。明後日の本番がまだですから」 「そうだな。明後日の本番も頼む」 「はい」 貴弘とシルヴィアのそんなやりとりの後、スィーリアに声をかけて4人で練習場を後にする。 シルヴィアの後を少し離れて歩く、貴弘・ノエル・スィーリア。 「シルヴィ、良いことがあったみたい。そんな気がする」 ノエルがふと、そんなことを言う。 「そうか。私にはわからなかったがな」 「俺もだな」 スィーリアも貴弘も、ノエルの言ったことには分からないと返す。 「私の気のせいかもしれないけど。本当にいいことがあったのなら、そのうち分かるわよ」 ノエルの言ったこと。それが明後日の試合後に分かることになるとは、この時3人は全く思っていなかった。 しばらくすると、貴弘達の送迎用車のあるところへ着いた。 「貴弘・ノエル・スィーリア。今年のわずかな期間だったが、ありがとう。良い年を。そして……明後日の本番、よろしく頼む。スィーリア」 「はい、シルヴィア姫。シルヴィも良い年を」 恭しい礼と共に返事をするスィーリア。 「良い年を、シルヴィ」 貴弘とノエルがそれぞれ年越しの挨拶をシルヴィアにした後、貴弘達は車に乗り込みホテルに戻った。 フィルミッシュを観光するのに使えそうな程度の時間はある。 「貴弘、スィーリア。今からでかけない?せっかくフィルミッシュにいるんだから、見ておかなくちゃ」 「普段と違う年越しっていうのも面白そうだ」 「そうだな。いいかもしれない」 貴弘とスィーリアは出かけるという返事をする。 「決まりね。1時間後に出かけるってことでいいかしら?スィーリアは?」 「それでいい」 「じゃ、1時間後に」 3人はそれぞれの部屋に戻った。 1時間後、3人はそれぞれの私服姿で現れた。ノエルとスィーリアは普段の私服より少しだけめかしこんでいる程度だが、元が元だけにかなり人目を引く。 「ノエル、スィーリア先輩……」 「スィーリア、貴弘が私達に見惚れてるわよ。貴弘の顔、見てごらんなさい」 ノエルの言う通り、貴弘が2人に見とれている顔が確かにあった。 「貴弘、何か言うことは?」 「2人とも、綺麗だ」 ノエルに促され、ようやく言葉が出た貴弘。 「よろしい。それじゃ、でかけましょう」 年の瀬、それも大晦日だ。たくさん出ている露店や多くの人で賑わっている。 そこに美少女とも美女とも言える女性2人を連れている男がイヤでも目立つものだ。 それでも3人がそれぞれ楽しみながら街中を歩いていると、色々聞こえてくる。 そんな中、1人のメイドが3人の元にやって来た。 「突然失礼します。私は藤倉優」 「メイドさん?」 「私の主が皆様をお招きしたいと申しております」 「あなたの主って?」 ノエルが優に質問する。 「有馬哲平、日本の有馬財閥後継者です」 「有馬財閥って、あの有馬財閥?」 「はい、その通りです。水野貴弘さん」 「なるほど。ノエルもスィーリア先輩のことも分かっていると」 「はい」 「日本の有馬財閥の後継者ね……面白そう。私は招待を受けたいわ」 「私も受けても構わない」 「受けるしかないですね」 ノエルとスィーリアの賛成を受け、貴弘も2人に同意した。 「では、こちらへ」 少し移動すると、車が用意されていた。 優を含めた4人が移動した先は、フィルミッシュ官邸だった。 「ここは、フィルミッシュの官邸!」 「ええ、間違いないわね」 スィーリアは驚いた様子を見せたが、ノエルは逆に冷静なようなように見える。 「すごいな……」 貴弘も続けてそう言ったが、なぜ招待されたのかは分からない。 「不思議ですか?皆様が招待されたことについては、哲平様からお聞き下さい」 貴弘の様子を見て、優はそう言った。 「哲平様の元へ皆様をお連れしますので、ついてきてくださいませ」 優についていき、3人は哲平のいる部屋の前に着いた。 ノックの後に優は言った。 「哲平様、皆様をお連れしました」 「ありがとう、優さん。入ってもらって」 「皆様、部屋の中へどうぞ」 優が部屋のドアを開け、3人は部屋の中に入った。 「シャルロット姫!?」 練習の様子を見に来ていたことがあったし、シルヴィアから怒られていた様子を見ていたので、貴弘の記憶には残っていたのだ。 シャルロットの隣に男性がいる。それが有馬哲平なのだと3人は認識した。 少し遅れて、聖華とシルヴィアも入室してきた。 「そんなに緊張しないで。本当は僕が君たちに会いに行くのが筋なんだけど、色々あって、来てもらったんだ」 そう言って、哲平が3人の顔を確認しながら言葉を続けた。 「ヘイゼルリンクである問題があったんだけど、それを片付けるのに、今回のジョストの試合が行われるということが非常に役立った。それでお礼を言いたくてね。ありがとう」 「いえ、お礼を言われるようなことでは……私の妹が原因の一端ですし」 ノエルはそう言った。 「聖華から話を聞いてるよ、水野貴弘君。デリスヴェントのエレンから、面白いものを受け取っていると。人脈が必要な時とか、何か希望がある時には言ってほしい。君の要望に応えられるようにしておく」 「私も、ヘイゼルリンクでのジョストであなたの希望を叶えられるように伝えておくわ」 哲平とシャルロットの言葉は、有馬財閥とヘイゼルリンクのバックアップを受けられることを意味する。 「それは私も同じだ。水野、君のベグライターぶりを見て分かった。今後フィルミッシュで君がジョストをすることがあるなら、協力させてもらう」 シルヴィアからも同じく、フィルミッシュもバックアップするとの言葉をもらった。 「ちょっと貴弘!すごいじゃない!」 ノエルは興奮気味に貴弘に言っているが、当の貴弘は明らかに実感がないという様子だ。エレンは紙に内容を記していたし、複数作成したうちの1枚を貴弘に渡していた。その為、現物がある分実感が湧きやすかった。 「水野、これほどのパイプがこんなにできることはないぞ。充分心して活用することだ」 スィーリアの言葉をしっかり心に留めながら頷いた。 「さて、ここにいる者達とマリアを加えて、皆で夕食にしよう」 その夕食で、ノエルはマリアから根津とサスーサス・雪洸とエレンに関する話を聞いたのだった。 夕食が終わってから、シルヴィアの部屋で全員がさらに時間を過ごした。 そうこうしていると……いよいよ日付が変わる、すなわち新年を迎える時間が刻一刻と迫ってきた。 それに伴い、シルヴィアが本当に一言だけ皆に向かって言った。 「共に年を越せることをうれしく思う。来年もよろしく頼む!」 時計が午前0時を告げる音を鳴らす。新年に変わったのだ。 「新年、あけましておめでとう!」 シルヴィアの一言を皮切りに、部屋の全員が新年の挨拶を交わす。 「水野、スィーリア、ノエル。君たちも泊まっていくといい。朝までは新年を迎えた盛り上がりで街中を通って帰るのは難しいだろう」 「お言葉に甘えさせてもらいます」 シルヴィアが泊まっていくように勧めた為、貴弘はそうする返事をした。スィーリアもノエルも当然反対はしない。 シルヴィアが泊まれる部屋を準備するよう、官邸の者に指示を出す。 準備が整うまでの間、一同はさらにシルヴィアの部屋での時間を過ごすのだった。 朝までは新年を迎えた盛り上がりがあちこちにあったが、昼にかけては落ち着いていた。正午にシルヴィアの父であり、フィルミッシュの代表であるヴィンセント・ファン・ホッセンの挨拶。その盛り上がりの後は静かな一日であった。露店の熱気を除けば。 根津・エレン、サスーサス・雪洸の2組がフィルミッシュ入りしたのは元日になってからであった。 転 祝賀対決 元日が過ぎ、祝賀対決の当日。会場には、大勢のフィルミッシュ国民が入っている。 貴弘がシルヴィアにウィンフォードの面々が来ていることを知らせた為、綾子や美桜達はちゃんと会場に入ることができ、貴賓席のすぐ隣に座っていた。 ちょうど美桜の右隣が貴賓席であり、美桜の隣にはシャルロットがいる。シャルロットの隣に哲平。哲平の隣から聖華・根津・エレン、サスーサス・雪洸と座っている。 雪洸はジョストを生で見るのは初めてで、会場の様子をワクワクしながら見まわしている。 「日本では、ジョストってほとんど知られてないの。昔、テレビでジョストの試合をやってたのを見たくらい」 雪洸の言葉に聖華が反応する。 「以前、うちが有馬と組んで実現させたジョストの試合の放映、見てくれてたんだ。ありがとう。今日の試合は、鳳条院(うち)のテレビ局が放映してるわ。一般的な正月番組なんて飽きられてるしね。それに……普段見ることのないスポーツ、特にジョストみたいなスポーツは見てもらえるっていう勝算があるのよ」 「さっすが、聖華!」 「ありがとう、シャル」 美桜は聖華の声を聞き、挨拶する。 「鳳条院さん、あけましておめでとうございます!」 「あら、あなたは以前会ったわね。あけましておめでとう。この試合を観戦に来たのね」 「はい、貴弘君のベグライターぶりは見逃せません!」 「色々がんばってね」 冷やかしとも取れなくはない「がんばって」への反応に少々困った美桜だった。 試合開始の時間が近づいているアナウンスが流れ、会場の興奮度がさらに高まる。 このアナウンスの声、どこかで聞いたことがあるどころではない。間違いなく「東雲さんだ」と貴弘は確信した。貴弘としては慣れているので、これはこれでいい。 仮に違う人だったとしても何ら問題になるものではないし、試合に集中すれば良いだけのこと。 美桜の左隣から、茜・リサ・ベルティーユ・綾子……といった感じでならび、ウィンフォードの面々の一番最後にカイルがいる並び順で座っている。 「貴弘、お前がどんなふうにシルヴィア姫のベグライターをするのか、しっかり見させてもらうぜ」 カイルが呟く。 「水野の話では、シルヴィア姫は私と互角に闘えるくらいの実力があると言っていた。試合が楽しみだ」 茜も試合を楽しみにしている。 「東雲さんは本当にジョストのあるところなら神出鬼没ね」 綾子は驚くと同時に、どうやってこのアナウンスができる状況になったのかと不思議だった。 試合開始まであと5分を切ったアナウンス・対決する両陣営の紹介アナウンスが流れ、 紹介された両陣営が共に入場してくる。やはりフィルミッシュだけあり、シルヴィアにかけられる声の方が圧倒的に多い。しかし、スィーリアにかけられる声が全くないわけではない。 「東雲の声が聞こえたことでホッとするとは。まだまだだな、私は」 スィーリアはようやく実力が発揮できる状況になったと自覚した。もし、気づいていなかったら無様とは言わないまでも、悔いの残る試合になっただろう。 フィルミッシュのベグライターと軽く相談し、大まかな試合方針を決める。そして全ての準備は整った。 一方、シルヴィア側。 「シルヴィ。練習してきたことを生かして、思いっきり。スィーリア先輩に勝つにはそれが一番だ」 「水野……分かった。思いっきり行ってくる」 「そうね。シルヴィ、目いっぱい闘って!」 こちらも準備は整った。 両陣営が定位置にスタンバイし、試合開始時間を待つ。時間が近づくに連れ、観客の盛り上がりは完全になりを潜めた。さっきまでの盛り上がりは何だったのかと思えるほどである。 そして……試合開始を告げるブザーが鳴る。祝賀対決シルヴィア対スィーリアが始まった! まずは1本目の1走目。互いの馬はブザーと同時にスタートする。小手や羽(フェザー)に比べれば、狙いやすい胴をどちらも狙いあうが、互いにポイントには結びつかない。槍も壊れたわけではないので、互いの定位置に戻って再スタートだ。各走毎に、最大で3分ほどベグライターと相談する時間はある。しかし、互いにすぐに再スタートとなる。 1本目の2走目。今度はスタートのブザーが鳴ったように聞こえるフライングすれすれでシルヴィアが馬をスタートさせる。 「あ、今シルヴィア姫、フライングぎりぎりで先に馬を走らせた!」 「あら、私も同じように見えたわ」 美桜の言葉に、シャルロットが同意する。 「シルヴィア姫、確かにかなりやるようだ」 茜は感心するとは行かないまでも、実力があるのは確かだと目を見張らされる。そもそも先ほどの1走目で、スィーリアにポイントを与えていないということだけで、かなりの実力があると言っていい。 先にシルヴィアが出た分、シルヴィアの馬のトップスピードに乗るまでの時間が早い。このままでは、スィーリアの馬がトップスピードに乗る前にシルヴィアからの攻撃を受けるのだ。そこでスィーリアは、意図的に馬の速度を調整する。狙いは、シルヴィアの馬がトップスピードから落ちた直後にこちらがトップスピードに乗ることだ。 トップスピードになったところで、小手を仕掛けるシルヴィア。しかし、スィーリアの速度調整が功を奏した為、小手での取得ポイントである1ポイントにはつながらない。逆に胴を打たれ、2ポイントを取られる。 定位置に戻り、シルヴィアは貴弘とノエルに相談する。 「水野、それにノエル。スィーリアからポイントを取りたい。何かいい手はないか?」 「もう少し、正攻法で。ノエルから覚えたトリッキー技を使うタイミングじゃないです」 「スィーリアならトリッキー技であっても対応してくるけど、それを逆手に取る為にも、今は正攻法で行くのがいいと思うわ。シルヴィ」 「分かった。行ってくる」 1本目の3走目。今度はシルヴィアがスタート遅れと判定されるギリギリで馬を走らせ始める。 「なるほど。こちらがトップスピードから落ちた直後を狙うつもりか」 スィーリアは先ほどとは逆に、迎え撃つ立場になる。自分の馬はトップスピードから落ちた直後、相手のシルヴィアの馬はトップスピードに乗っている。スピードの状況だけ見れば有利なのはシルヴィアだが、フェイントを絡めてシルヴィアの槍をものともしない。 3走目は、互いにポイントなしとなった。 1本目の4走目。シルヴィアの馬のスタートはブザーぴったりである。 今度はシルヴィアも攻撃にフェイントを絡めてきた。最終的な狙いは胴だが、それを分からせないようにしている。 シルヴィアのフェイントに引っかからず、小手を突くスィーリア。これで1ポイント取れた為に、合計3ポイント。1本目はスィーリアが先取した。 会場アナウンスで10分の休憩が告げられ、その間、会場に用意された特別スクリーンが1本目の様子のリプレイとそれぞれの走のまとめ解説を流している。 シルヴィア陣営は集まって相談をしている。2本目を取られれば、負けることになってしまうからだ。 「シルヴィ、2本目を取られれば負けです。ノエルから覚えたトリッキー技を使って行きましょう」 「では、まずは小手調べ的なトリッキー技を試してくる。1走目の結果次第で、2本目の残りをどうするか決めよう」 貴弘の提案とも指示とも取れる内容に、シルヴィアは応えた。 再びアナウンスが流れ、まもなく10分経つ。シルヴィアもスィーリアも定位置についた。 ほどなく、2本目開始のブザーが鳴り響く。 2本目の1走目。シルヴィアは槍がギリギリ届かないところからあえて攻撃する。当然シルヴィアは自分の槍の間合いに入ったところで攻撃してくる。そのシルヴィアの攻撃をやや大げさに避け、あえて隙を作るシルヴィア。その隙を見逃さず、再度スィーリアが攻撃を仕掛ける。2度目のスィーリアの攻撃に、今度は落馬しそうなくらいの体を崩した。 だが、落馬には至っていない。これがシルヴィアの狙いだからだ。そして、シルヴィアの2回目の攻撃が胴をかすめたように見えた。審判団の判定が行われ、この胴は有効と認められた。今度はシルヴィアが2ポイントを先制した形だ。 「あえて、落馬ギリギリの体勢から槍を出してくるとはな」 スィーリアは定位置へ戻りながら、1走目を振り返った。 戻るとすぐに、自分の陣営のベグライターと軽く相談し、2走目に備える。 「やりましたね、シルヴィ」 「ああ、スィーリアが強いからこそ引っかかってくれた」 「馬の調子はどうですか?」 「ああ、問題ない」 シルヴィアの返答に貴弘が指示を出した。 「スィーリア、次はかなり危険ですが、反則スレスレのトリッキー技を使いましょう。ノエルがやって見せた『槍が額にあたりそうなやつ』を。そのためにも、少し馬をいたわるような振りをした方がいいですね。あのくらいのものでも、スィーリア先輩なら大丈夫ですから」 「分かった」 付け焼刃的なふりではあるが、馬をいたわるような仕草をして見せるシルヴィア。スィーリアよりも会場の方が騙されたようだ。 「シルヴィア姫の馬、さっきまでの闘いでどこか痛めたのか?」 カイルが疑問を口にした。 「どうだろうな。さっきまでの様子からすると、痛めたようには思えないが」 茜は自分の思ったことを言う。 「となると、何か狙ってるってこと?」 「おそらくそうですわ。ただ、何を狙っているのかはわかりませんが。普通なら胴か小手でポイントを取って1本取る、というところでしょう」 美桜の言葉に、ベルティーユが反応する。 2本目の2走目。スタートのブザーと同時にシルヴィアの馬が最高の加速を見せ、負けじとスィーリアも馬を加速させる。 互いに攻撃ができる間合いの直前。シルヴィアが馬の手綱を操り、かなりの急制動をかけてスィーリアの攻撃のタイミングをずらす。それだけではなく、馬高が下がるように仕向けたため、スィーリアの攻撃はヘルムの額部分へ向かうことになった。ヘルムに当たれば、反則としてその場で1本取られてしまう。スィーリアはどうにか槍を止めた。 それに対しシルヴィアは、胴へ打ち込み2ポイントを獲得。 1走目の胴と、今回の胴で合計4ポイント。3ポイントを超えたため、2本目はシルヴィアが取った。今回の2本の胴。それはスィーリアの同じような場所を捉えていた。 「私が同じような場所を2回続けて打たれるとは」 スィーリアは自分の未熟さを感じた。2回目の胴の影響か、胴を受けた場所付近に痛みを感じ始めた。 「大丈夫か?」 スィーリアのベグライターが声をかける。 「問題ない」 「先ほどの胴2回で、痛み始めたのだろう?3本目をどちらかが手にするまでの間、行けそうか?」 「ジョストをしていればこのくらいの痛みはよくある。大丈夫だ」 「分かった。思い切り行って来い!」 数日だが、自分のベグライターをしていてくれている者の言葉に、3本目への気持ちと集中を高めるスィーリアだった。 次は何を狙ってくるかを考えた。結果、「あれ」を狙いのメインに据えて、他にも十分注意する形で行くことにした。 一方、シルヴィアは2本目を取ったことで気を引き締めなおした。 「2本目は取れた。だが、本当の決着はこの3本目。気を引き締めていくぞ」 「さすがにシルヴィ。2本目を取って浮かれたりしないのは大したもんですね」 貴弘がシルヴィアを褒める。 「シルヴィ、3本目はどうする気?」 「そうだな……ここは羽落とし(フェザーズフライ)を狙う」 「なるほど、それも今の状況なら良さそうね。スィーリアはさっきの2回連続の胴で、痛みが出始めたみたい。さっき、わずかにそんな感じがしたわ」 「わかった。他にも十分注意しながら、羽落とし(フェザーズフライ)を狙っていく」 3本目開始のブザーが鳴る。決着は本当に一瞬だった。互いの羽が宙を舞ったのだ。 3本目の1走目。同時に馬を走らせはじめるシルヴィアとスィーリア。 フェイントや駆け引きは一切なし、本当に単純に2人は狙っていたのだ。相手の羽(フェザー)を。 互いの馬がトップスピードに乗り、中央で槍を交える。そして、互いに羽落とし(フェザーズフライ)で羽(フェザー)が舞うことになった。 審判の判定が行われる。互いの羽が舞うタイミングも完璧に同時である。 「互いの羽が舞ったタイミングも全くの同時。よって、本試合は引き分けとする!」 審判からの引き分けを告げる声。シルヴィアとスィーリアが互いに中央へ馬を向かわせ、握手を交わす。 「まさか、互いに羽落とし(フェザーズフライ)狙いだったとは。しかし、私の方は本来なら負けていた。スィーリアの抱える痛みで槍を繰り出すタイミングのズレと遅延が生じなければ、私の羽(フェザー)だけが落ちていたのは間違いない」 「運も実力のうちです、シルヴィ。2本目の連続の胴で、痛み始めたのはともかくとして、その痛みがこのような結果につながるというのはシルヴィの持つ運の強さでしょう。いい試合でした、ありがとうございます」 「こちらこそ、スィーリア。機会があれば、今度は国の行事ではなくシルヴィア個人としてジョストで闘いたい」 「はい、喜んで」 握手を終え、2人はそれぞれの陣営に戻った。 「シルヴィ、お疲れ様でした。いい試合でしたよ!」 「スィーリアと羽落とし(フェザーズフライ)を決めあうなんて!すごい試合を見せてもらったわ!」 「ありがとう。貴弘、ノエル。今回の闘いは君たちがいてくれたからだ」 「いえ、シルヴィの実力です。限られた時間の中で練習して結果を出す。それを間近で見ることができて、色々勉強になりました」 「私も、もっとがんばらなくちゃ」 貴弘とノエルが、それぞれシルヴィアに言った。 「さて、そろそろ引き上げよう」 シルヴィアの指示でシルヴィア陣営が先に会場を出る。少し遅れてスィーリア陣営が会場を後にした。 羽落とし(フェザーズフライ)を決めあうという、滅多にお目にかかることのないであろう結末に、試合が終わってからも数時間は会場付近がざわついていたのであった。 結 終幕 祝賀対決が終わり、シルヴィアと共にフィルミッシュ官邸へ入ったスィーリア・貴弘・ノエル。 哲平・シャルロット・聖華・根津・エレン・サスーサス・雪洸がいる部屋へ通された。 「ジョストって、生で見るとすごい!でも、見るとやるとでは大違いなんだろうな」 雪洸が興奮気味に言う。逆に、サスーサスは普通のテンションで貴弘に言った。 「エスペルのジョストをする環境は充分ではないが……雪洸の喜びようもあるが、エスペルでジョストをすることがあるなら、協力・支援を約束しよう。後程、それを書面として君に渡す」 哲平が聖華に尋ねる。 「聖華、頼みがある」 それは会見を開きたいということであった。 「2時間もらえれば」 聖華は返事をし、慌ただしく動いた。 会見の始まるまでにヘイゼルリンク・フィルミッシュ・エスペルの3か国と有馬財閥から、それぞれ貴弘に伝えた内容を文書にしたものが届いた。関係者がそれぞれサインし、貴弘は世界でも非常に稀有であろう伝手を持ったのである。 そして、2時間後に会見が始まった。 会見の場には哲平やシャルロットだけでなく、聖華を始めとする2人の友人達、そして貴弘・スィーリア・ノエルもいる。もっとも会見の行われている部屋の片隅にいる、というようなものであるが。 「皆さん、本日の会見は大事なお知らせをするためのものです」 そう言って、切り出したのは哲平だ。 「シャルロット・ヘイゼルリンクです。今日は皆様に大事なことをお知らせします」 シャルロットが一呼吸おいて続ける。 「私は……彼、有馬哲平と結婚すること。そして、既に哲平の子が私の中にいることをお知らせします」 シャルロットがそこまで言った後、今度は哲平が続けた。 「今後は彼女、シャルロットと我が子と共に家族での人生を歩んで行きます」 この会見内容は瞬く間に全世界へ広がった。こうなっては哲平を嫌う者達がシャルロットを狙うようなことを起こせば、ヘイゼルリンクの内紛として世界に認識される可能性もある。 「この会見を行うきっかけとなった本日のジョストの試合。その関係者達にも感謝を表明します」 ノエルの言ったことはこれか、と貴弘とスィーリアは納得した。会見も終わり、部屋を出ようとした3人。そこに聖華が姿を現し、貴弘に声をかけた。 「水野君。これにサインを」 聖華が見せたのは、哲平と同様の内容に加え出版の件の内容を含めた書類だった。 「今回の試合に関することと、ジョストを見る・する為のこと。そしてジョストの魅力をまとめてね。完成したら出版するから。今月中でお願い」 「はいかイエス、というわけですか……今回の試合の記録をまとめる作業といっしょにやります」 「ありがとう。私達との繋がり、大事に生かして」 「はい」 貴弘がまとめた原稿は桜の季節に出版された。この出版をきっかけに、鳳条院とのかかわりがきっちりと確立された。さらにそれを起点に色々な出会いや繋がりが膨らみ、人脈が出来ていった。 後に、貴弘はジョストに直接関わる者としての体の限界が来て引退する。そしてジョストの記者としてトップクラスの活躍することになるのだが、その際に、この人脈が行かされることになるのだった。 参考資料 プリンセスラバー!番外編 ・根津、運命のハル?(Fani通2009年上半期収録) ・〜デリスヴェント(新しき道)〜(Fani通2009年下半期収録) ワルキューレロマンツェ番外編 ・第3の選択肢!?(Fani通2014年上半期収録) |